株式会社 竹中工務店
BIMを活かした音響設計ツールを駆使し 設計者自身が行う約1000室の遮音設計

株式会社 竹中工務店

2017年10月、わが国を代表するビッグゼネコンの一社である竹中工務店は、BIM の機能を活かした独自の音響設計ツールを発表した。これは ARCHICAD と Solibri Model Checker を核に同社設計部の音響設計チームが創案した新しい設計ツールで、建築プランに合わせて変化する遮音性能を定量評価し、複雑なレイアウトにも自在に対応、設計者みずから最適な遮音設計を行うことができる。同社ではこれを大規模プロジェクト「国立循環器病研究センター」移転工事で実運用し、すでに大きな成果を上げている。同ツールの創案・運用にかかわった、竹中工務店の大阪本店 設計部の皆様にお話を伺った。

株式会社 竹中工務店

創業:1610年(設立 1909年5月)

代表者:代表取締役会長 竹中 統一
代表取締役社長 宮下 正裕

本社所在地:大阪市中央区本町

資本金:500億円

従業員数:7,307名(2017年1月現在)

売上高:1兆2,165億円(2016年度連結)

主要業務:建築工事及び土木工事に関する請負、設計及び監理、建設工事、地域開発、都市開発、宇宙開発、評価、診断等のエンジニアリング及びマネジメントほか

Web:http://www.takenaka.co.jp

株式会社 竹中工務店
大阪本店 設計部
技術2グループ長
長野 武 氏

株式会社 竹中工務店
大阪本店 設計部
技術2グループ主任
木村 文紀 氏

株式会社 竹中工務店
西日本BIM推進WG リーダー
(大阪本店 設計部 所属)
池田 英美 氏

株式会社 竹中工務店
大阪本店 設計部
BIM推進副部長 設計担当
千田 尚一 氏

3Dを駆使した音響デザインツールを次々開発

「他社では技術研究所の専門部署で音響技術の研究開発を行っています。ゼネコンの多くがこうした専門部隊を組織しています。しかし、当社ではこの専門部署とは別に設計部門内にも音響設計チームを設けており、これが当社設計部門の大きな特徴の一つとなっています」。そう語るのは大阪本店設計部の音響設計チームを率いる長野武氏だ。長野氏によれば、この音響設計チームはあくまでラインの一員であり、個々の物件の図面作成の一環として音響設計に取組んでいる。まさに設計の現場で生まれたニーズに応えて、最適な音環境づくりに取組んできたのだといえるだろう。実際に運用中の音響設計技術・ツールも数多く、近年は3次元CAD など3D を駆使した音響デザインツールが注目されている。

「当社では25年も前から3次元CAD 等の活用に取組み、独自の音響3D 技術を数多く生み出してきました。近年はさらにBIM 時代が到来し、私たちもこのBIM と音響設計の3D 技術を組合せたツールを開発しています」。たとえば、と長野氏は同社の大阪本社ビル一階に設けられた音響プレゼンテーションルームの例を紹介してくれた。ここでは3D 建築モデルを用いて計画建物の完成時の音響を可聴化。発注者はその音の響き具合を、実際に耳で確かめることができるのである。

「これも当社が開発したASPECT というホール音響計画システムを使って、音響設計ツールとして確立したものです」。そう語るのは音響設計チームの主任を務める木村文紀氏である。木村氏によれば、こうした室内音響に関わる技術と並んで同社の音響設計技術のもう一つの柱となっているのが、騒音予測とその防止に関わる音響技術なのだという。たとえば環境騒音予測ソフトなどのシミュレーションソフトは他社製のものも含めて以前からあり、木村氏らもこれを用いて工場の騒音や道路交通騒音などの騒音シミュレーションを行い、騒音防止設計に取組んでいた。しかし、近年、これとは別に急速に重要性が高まっているのが室内の遮音設計である。

「実は私たちの音響設計の取組みにおいても、3Dモデルを用いた室内の遮音設計手法は確立されていませんでした。しかし近年、施設用途の複合化や建物自体の大型化が進み、各居室の音環境を守り建物としての基本品質を確保する上で室内の遮音設計が非常に重要な要素になってきたのです」(木村氏)。この高度な遮音設計のニーズ拡大の流れを背景に、木村氏ら大阪本店の音響設計チームは全く新しい室内の遮音設計ツール開発への取組みを開始したのである。その契機となったのが「国立循環器病研究センター」の移転工事プロジェクトだった。

静けさが必要な部屋と騒音を発する部屋
複雑なレイアウトの総計1,000室に及ぶ遮音設計の難題をどのように解決するか?

6×1,000個の遮音性能をチェックする手法

「国立循環器病研究センター」は、その名の通り循環器を専門とするわが国トップクラスの医療機関である。同時にこの循環器病の医学研究機関としても最先端をいく国立研究開発法人でもあり、「国循」の略称で広く知られている。1977年に開設された同センターは、以来40年にわたって吹田市内で活発な活動を続けてきたが、近年、最先端を担う医療研究施設としては、建物・敷地とも限界を迎えつつあった。そのため、2019年7月を目標に、同じ吹田市内JR岸辺駅前への移転が決定されたのである。新施設は地下2階地上10階で延床面積13万平米近い大規模のものが計画されており、そこへ病院と研究所、研究開発基盤センター、OIC(オープンイノベーションセンター)、そして管理部門施設という5つもの医療施設が混在する高度かつ大スケールの医療複合施設となる。そして、この大規模プロジェクトにおいて、実施設計(日本設計と共同)と施工を任されることになったのが竹中工務店だった。

さまざまな医療施設を複合化させていった結果、部屋数は総計で1,000室を越え、しかも静けさが必要な居室と騒音を発する居室が複雑に混在するレイアウトになり兼ねないような状態となっていました。そのため、効率的に各室の遮音性能を確保できるような、全く新しい遮音設計手法が必要になったのです」。そう語る木村氏に、設計部の副部長である千田尚一氏も頷く。「居室の遮音は4方向の壁はもちろん天井や床も必要で、合計6面の遮音について確認しなければなりません。それが1,000室、つまり音響設計チームは合計6,000個もの壁と天井、床の全てをチェックするわけです。実際に作業が始まればプラン自体もお客様の要望に応じて変わるでしょうし、このままでは大変な作業量になってしまうのは確実でした」(千田氏)。

従来の遮音設計では、まず建築設計者が諸室をプランニングし、次に音響設計者がこのプランにおける部屋の配置関係を確認しながら個々の部屋の遮音性能をシミュレーションしていく。そして、その結果に基づいて必要な遮音性能を実現するための壁の種類種別を決めていくのである。これを今回のように膨大な数の居室で行っていくのは、きわめて非効率で設計者の負担も大きい。そこで木村氏ら音響チームが考案したのが、一種の逆転の発想に基づいたアイデアだった。

「簡単にいえば、諸室のプランニングが行われる前に、BIM の機能を活かして各部屋のモデルに音響属性を与えてしまおうという考えです。そうやってあらかじめ音響特性を持たせた各部屋のモデルでプランニングしてもらえば、どのようなプランであっても、それに追随する形で必要となる壁の遮音性能が示されるわけです。そうなれば、音響設計者が配置関係を確認することなく設計がプランニングすることができる、と考えました」。木村氏はそう語り、この新しいBIM 遮音設計手法について以下に示す3つの特徴を挙げてくれた。

  1. プランニングに合わせて遮音性能がリアルタイムかつ定量的に把握できる
  2. 複雑なレイアウトに対する音響リスクを未然に防止できる
  3. 積算情報とのデータ連携によりレイアウトと遮音性能の合理化が図れる

これらにより音響設計者の作業負担を大きく抑えられるのはもちろん、建築設計者自身が、プランニング段階から明快かつ定量的に音環境を把握して、自らの手で遮音設計まで進めることができる。「そして、この3つを備えた手法を現実化していく上で、私たちはBIM が備えていた3つの機能を利用しようと考えたのです」。

まず各部屋のBIM モデルの属性情報として、音が発生する部屋と静けさが求められる部屋それぞれの音響特性を持たせること。これにより設計初期段階からの遮音計画の導入が可能になる。またBIM による3D モデルのビジュアライゼーションの機能を活かして、各部屋モデルの音響性能を可視化。誰もが定量的、客観的に捉えられるようにし、音響設計者以外の設計者にとっても分かりやすい、遮音性能の効率的な設定・評価を可能にした。そして、3つ目が積算情報とのデータ連携である。これによりレイアウトにともなって変化する遮音構造と積算面積の関係を素早く比較できるようにし、以前のようにプランニングや積算をし直さなくても最適な遮音設計を行えるようにしたのである。

──そして、これらのアイデアを実現するためのBIMツールとして選ばれたのが、ARCHICAD と Solibri Model Checker だった。

ARCHICAD & Solibri Model CheckerによるBIM機能を活かした独自の遮音設計ツールで建築設計者自身が遮音設計を行っていく

Solibri & ARCHICAD による新しい BIM 環境

「実はこのプロジェクトでは、音響設計チームの要望が届く以前から、設計をトータルにまとめていく上で ARCHICAD と Solibri Model Checker を使ってBIM の活用を拡大していくことを計画していたんですよ」。そう語るのは、竹中工務店の西日本BIM 推進WG のリーダーとして、同社のBIM 活用を牽引する池田英美氏である。「特に Solibri については、そのゾーンにいろいろな属性を入れて活用していこうと考えていました。当社では使用するCAD に縛りはありません。しかし、会社全体のBIM プロトコルとして、どんな3DCAD を使っても全ての情報は Solibri に入れて連携、共有し、可視化して、あらゆる設計者が幅広く活用していけるようにしていうと構想していたのです」。

Solibri Model Checker はIFC フォーマット を介してさまざまなBIM アプリケーションと互換し、3D モデルにより自動で検証するシステムだ。意匠・構造、設備モデル等のさまざまなモデルを重ね合わせし、あらかじめ登録した条件に従い干渉箇所の検出や必要クリアランスの確保など、データが正しく入力できているかを検査。問題箇所を一覧表示できる。こうした Solibri の機能をフルに活かした新しいBIM環境が、音響設計チームの問題解決にマッチングしたのである。

早速、木村氏らも ARCHICAD と Solibri を用いて作業を開始した。まず建築主からのニーズ がまとめられた要求水準書の諸室リストにある「音に関する諸元」をピックアップする。そこに記された各室の音に関わるニーズを音響的観点から分類しカテゴリ分けしていったのである。

「たとえば病室のようなプライバシー性に配慮した静けさが求められる部屋、あるいは実験動物の鳴声が大きく遮音を考慮する必要がある部屋等々、必要な静けさのグレードと発生する音のグレードを細かく分け、ARCHICAD の音響属性のIFC プロパティに、音レベルや静けさレベルの数値として入力していったんです」(木村氏)。さらにそれぞれのレベルに合わせて各部屋を色分けするよう設定した上でレイアウトを行い、これを Solibri に基本要件モデルとして出力することで、3D モデル上に音響グレード別に分かりやすく色分けされた居室が表示されるようにした。すなわち、音の発生する部屋は赤系統の色で、静けさが求められる部屋は青系統で示され、それぞれ色の濃さでレベルが示される。まさに一目瞭然で誰でも音環境を把握できるビジュアライゼーションを実現したのである。当然、各隣室間や上下間で必要となる遮音性能も自動的に計算され、必要となる遮音構造も自動的に選定されていく。

「このツールを使うことで、建築設計者はあらゆる角度から各居室間の音響環境を把握して音響リスクを未然に防止し、2D 図面では把握しにくい上下階など立体空間も含め、必要な遮音品質を確保しながら最適なレイアウトをプランニングできるわけです」(木村氏)。もちろんレイアウトを変えれば、その内容は即座に基本要件モデルに反映されコスト比較まで行える。結果、複雑なレイアウトの遮音計画でも、つねに最適な音響品質を維持しながら同時に合理化を推進し、設計初期段階からコストダウンを図っていけるのである。

一方、音響設計チーム自身の効率化については、この遮音設計ツールの活用により、本プロジェクトにおける音響設計チームの手間は半分以下に削減された、と木村氏はいう。「今回は、半ばテスト運用的な形で行った部分があるので、多少イレギュラーな作業が発生しましたが、今後この手法が確立され切り替わっていけば、私たちの作業負担は、さらに半分以下に減らせるでしょう。なんといっても遮音設計ツールで最初に設定してしまえば、その時点で私たちの作業はほぼ完了してしまうわけですからね」(木村氏)。

前述した通り遮音設計へのニーズは高度化しつつあり、この新しい遮音設計手法もその活用フィールドはさらに拡大していくと木村氏らは考えている。「静けさが求められる居室と音を発する居室が併存し、複雑にレイアウトされる大規模施設といえば、たとえばホテルや集合住宅、あるいは学校等の教育施設や工場、研究所、さらには大型商業施設などもターゲットに入ってくるのではないでしょうか。さらにこのBIM の遮音設計ツールを幅広く活用して、さまざまな施設の音環境の快適性向上を目指していきたいですね」(木村氏)。

BIM機能を活かした基本要件モデルの活用
それはすべての設計者にとって大きなターニングポイントとなっていく

基本要件モデルが作る快適なワークフロー

「前述の通り、本プロジェクトでは音響関連以外のさまざまな属性データも、ARCHICAD と Solibri により基本要件モデルへ入れて可視化しています」。そう語る池田氏は、多くの設計者にとって、この基本要件モデルの活用は非常に大きなターニングポイントになると考えている。

「この流れがどんどん進んでいけば、建築設計者はもちろん、音響設計者も構造設計者も設備設計者も、みんな同じ情報のベース上で仕事ができるようになります。この情報共有こそが、BIM の基本であり、無駄な手戻りを防止するもっとも効果的な手段だと考えています」。事実、この情報共有が行われた本プロジェクト設計現場では、今までとの違いが明確に現われた、と千田氏も言う。

「わたし自身は直接の担当ではありませんが、“非常にストレスなくやれた”という声はよく聞きました。モデルを使うことで情報発信にも手間がかからず、相手もモデルを見るだけで知りたいことを確認できる。だからいちいちメールも飛んでこないと言うのです。実際、メンバーは“不要なメールが減った”と口を揃えます」(千田氏)。

大型プロジェクトに参加経験があるゼネコンの設計者ならご存知だろう。設計者が日々やりとりするメールは膨大な数となり、しかも、そのほとんどが構造や設備、現場等との設計情報に関わる問合せと返信の社内メールだ。基本要件モデルによる情報共有が進めば、こうした社内メールの大半が必要なくなるのである。「情報発信する側も訊ねる側も互いにストレスが減り、負担が大きく減るわけで。全社に普及すれば非常に快適なワークフローが実現できる可能性が高いのです。今後は誰もが、この快適さをどんどん体感できるようになっていくはずです」(千田氏)。

「もう一つわたしが耳にしたのは、このプロジェクトではアウトプットが非常に早かった、というお客様の声ですね」と語るのは池田氏だ。従来は、プラン変更等を行い発注主から「もう一度色分け図をだしてくれ」とオーダーされると、大きなプロジェクトでは対応に何週間もかかってしまうことも珍しくない。ところが今回は様相が大きく異なったのである。「当然かも知れませんが、基本要件モデルがあれば変更対応もあっという間なんですよ。修整した色分図も3日後くらいには出てくるから、お客様から見て大きくスピード アップしたのは確実なのです。中にはノートPCにARCHICAD を入れ、お客様の目の前で直す設計者もいます」。そういって笑う池田氏に、千田氏も笑みを浮かべて応える。

「お客様と打合せたら、持ち帰らずにその場で対応し解決してしまうわけです。もちろん変更対応も重要ですが、建築設計者ならやはりしっかり設計したい部分があります。ルーティンな所はできるだけ効率化して、注力したい所により多くの時間を割けるようにしていこうというわけです。モデルを活用して上手く時間を使うことで、設計品質と共にそのデザイン性も向上させていく。 そういう思いがあるのです」(千田氏)。

国立循環器病研究センター移転工事は順調に進んでおり、すでに各室の仕上げ段階に入っているという。最後に、池田氏にBIM を活かした基本要件モデル活用の今後の展開について聞いてみた。

「いま社内のいろいろな部門が、モデルにさまざまな属性データを入れ始めています。そこで私たちは、施工部門に“どんな属性が入ると便利か”聞いて情報を集めています。すでにいろいろ出てきたので、これを整理して見える化していく計画です。また Solibri でもいろんなチェックが可能なので、これらの属性データをさまざまにチェックする機能の自動化も構想中です。将来的には当社のデーターベースにもなり得るモデルですからね。AIの活用なども含めて、さまざまなチャレンジをしていこうと考えています」 (池田氏)。

向って左より 千田 尚一氏、長野 武氏、木村 文紀氏、諏訪 佐知氏、池田 英美氏

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