【山梨知彦氏 Interview】
建築 ICT 化がもたらす新たなイノベーション
株式会社 日建設計
常務執行役員
設計部門副統括 兼 設計グループ代表 兼
デザイン戦略担当 兼 3Dセンター担当 兼DDL担当
山梨知彦 氏
――御社のBIM への取組みも5年になります
山梨氏 5年前は日建設計全体の設計品質の向上や合理的な仕事の進め方のためBIM を活用しようとしていました。そのため「BIM 活用そのもの」が目的化していた部分もありました。しかしこの5年でBIM 活用が多様化し、同時にBIM 以外のICT 化も急速に進んだ結果さまざまな変化が始まり、私たちのBIM への考え方も拡大しています。
――BIM 以外のICT 化の進展とは?
山梨氏 建築の4つの分野でICT 化による大変化が始まっています。たとえばデジタルファブリケーション。製造分野のものづくりのICT 化が建設業界でも始まりました。実は私たちは「木材会館」や「ホキ美術館」のプロジェクトで、自分たちが作ったデータを末端の工作機械まで流し、活用させてきました。こうしたデジタルファブリケーションの流れが、業界全体に拡がろうとしています。これが1つ目の「建設のICT 化」ですね。
――では、ICT 化の2つ目は?
山梨氏 「設計のICT 化」です。これもいろいろありますが、最大の変化はシミュレーションの普及です。建築設計におけるシミュレーションは手間がかかるため、使えるのは大型建築。それも設計途中で数回確認する程度でしたが、「NBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)」では、BIM モデルを使いシミュレーションとフィードバックを繰り返しました。今回紹介する「On The Water」は、個人所有のゲストハウスですが、空気や放射熱の流れなど多元的要素を同時にシミュレーションしました。こうした手法が、住宅レベルでコストが合う時代になったのは非常に重要です。
――続く3つ目のICT 化は?
山梨氏 コンピュテーショナルデザインですね。これも設計に近いのですが、私は建築における「生成のICT 化」と呼んでいます。シミュレーションが先行していく中で、人間はコンセプトやアルゴリズムだけ考え、それに則って行うシミュレーションの統合された結果が形となっていく……そんな設計手法も考えられるわけです。そして4つ目のICT 化は、他業界でIoT と呼ばれている概念に近いもの。建築自体がインターネットに繋がりデジタルデバイス化していく「建築自体のICT 化」です。たとえば現代の建築に付けられる各種センサは主に防災目的ですが、将来は人の流れを捉えてサイン誘導して制御するなど、セキュリティにも使えるでしょう。東京オリンピックへ向けて必要な技術の1つですね。
――この4つがBIM の考え方を拡大させるとは?
山梨氏 これら4つのICT 化は、実はトータルな形で管理統合されることで、より大きな力を発揮します。そのためにはこれらを統合する大きなプラットフォームが不可欠です。4つのICT はどれもデジタル情報が基本ですから、BIM がそのプラットフォームに相応しいのです。次頁でご紹介する2つの BIM 活用案件の背景にも、こうした流れがあるといえるでしょう。
BIMがもたらすメリットの明確なビジョンと具体策を
クライアントに提示していく
BIM の爆発的普及を目指す新たな起爆剤
――ご紹介の2事例はまさに建築ICT 化を感じさせるプロジェクトでした。他にもこうした例が?
山梨氏 そうですね。発表済みの案件から幾つか紹介しましょう。デジタルファブリケーションとシミュレーションの例は紹介済みなので、生成のICT 化について言えば、「ラゾーナ川崎東芝ビル」が挙げられます。あの建物の外装にランダムに付けたルーバーは、一種のプログラミングによるもので、私たちがアルゴリズムを決め、プログラムで実際の配置を決めました。リアルタイムでルーバー数をフィードバックさせることで、ローコストでランダムな建築を実現できたのです。
――IoT による「建築自体のICT化」はどうですか
山梨氏 IoT 的な事例としては「NBF大崎ビル」がありますね。この建物外装のバイオスキンは、センサで熱や光の状況を感知しながら雨水を循環・気化させることで周辺のヒートアイランド現象を抑制します。少ない雨水を効果的に使うため、コンピュータが状況を把握して各所へ水を配しているんです。これはIoT としてはプリミティヴなものでしたが、すでに現代の建築の多くに防災機器等のデバイスが入っており、これから加速度的に進化していくのは間違いないでしょう。
――4分野のICT 化の取組みは意図的に狙った?
山梨氏 いいえ、それぞれプロジェクトの中で必要に応じて生まれてきた工夫に過ぎません。しかし、それらを俯瞰するうちに、建築のICT 化というフレーズで括れる4つの大きな流れが見えてきたんです。もちろん現状では実際のプロジェクトは、これらのうち2つか3つにまたがる状態ですが、やがてあらゆる建築で4つ全部にまたがって作られるのが当たり前になるでしょう。そのとき必要になる情報装置は2次元図面ではダメだし、それをスキャンしたPDF データも使えません。やはりBIM がどうしても必要になるわけです。
――BIM の普及状況をどうお考えですか?
山梨氏 日本ではまだまだBIM の導入が遅れています。わが国の建築業界には、現状の生産システムでも十分な品質の建築ができると思われており、それ以上のビジョン……建築をデジタル化することで、より多くの産業が食べていけるようになる、といったビジョンがありません。だからBIM も、設計事務所が少し質を上げたい、ゼネコンが効率的に仕事をするといった使い方に留まり、なかなか爆発的な普及に繋がらないのです。
――そんなBIM を大ヒットに導くには?
山梨氏 まずはクライアントに、BIM で メリットが得られると実感してもらう必要があるわけで、そのためにこそ、前述した建築のICT 化……特にIoT による「建築自体のICT 化」が重要になります。たとえばエネルギーロスの削減等も、ICT 化された建築なら全体を自動的にコントロールしてコスト削減を図れます。そうしたビジョンと具体的な方法を示せるようになった時、BIM は爆発的に普及するでしょう。
――そこで必要になるのは?
山梨氏 ストレスなくスピーディに、情報のデジタル化が図れる環境が重要になりますね。設計者も施工者もストレスなくBIM データを作れて、そこから簡単にメリットが得られるような環境です。さらにはクライアントも、デジタル情報としてのBIMのメリットが簡単に得られ、自ら手を加えられる状態が望ましいわけで。それにはBIM を扱うアプリケーションが鍵となります。だからこそ、私たちはARCHICAD を使っていると言えます。
――それはなぜでしょうか
山梨氏 こうした状況下のBIM ツールは、誰でも使いやすく学びやすくなければなりません。そしてデータ連携……それも1社だけの中での閉じたものでなく、他社製品も含めた広汎な世界での連携が欠かせません。もともとARCHICAD はラーニングカーブが低く、それでいて奥行きが深い製品です。しかも OPEN BIM の理念のもと、他社製品とも積極的に手を繋いでいこうという精神も息づいている。ソフト単体としての使いやすさと高性能、そして他社ソフトとの連携等の要素を全て兼ね備えているわけです。これからも私たちの声に耳を傾けながら、着実に進化していってほしいですね。
株式会社 日建設計
設計部門
設計部 主管
恩田 聡 氏
株式会社 日建設計
設計部門
設計部 主管
青柳 創 氏
【CASE1 On The Water】
BIMで計算しつくされた自然という名の「ごちそう」
「この場所でしか味わえない環境」を最大限に体感できる
「On The Water」は日光・中禅寺湖畔の水辺に建つゲストハウスの計画である。道路から湖へ約7m下る傾斜地に立つ建物は2階建て。中庭まで引き込んだ湖水を囲むように、スパイラル状に連続させた空間が特徴である。このひと繋がりの空間を歩んでいくと、景色も温度も緩やかに変化し、それが訪れたゲストを驚かせ、喜ばせる。
「水辺に面し、視界を遮るものが何もない敷地なので、この環境を生かし都会では味わえない、自然を感じてもらうことを第一に考えました」。設計を担当した恩田聡氏はそう語る。同氏によれば、環境に対しローインパクトに建設するため、既存建物の掘削面から無理に盛土し建てるのではなく、低く水辺に沿えた形を目指したという。しかし、このコンセプトを一続きのスパイラル形状という設計に昇華させたきっかけは、お客様の一言だったそうだ。同じく設計を担当した青柳創氏は言う。
「クライアントからは、ゲストを招くことも多いと聞き、しっかりした温熱環境が必要だと感じました。設計当初はなかなか設計の手掛りが掴めなかったのですが、そんな時お客様に意外な一言をいただきました。それが『寒さもごちそう』でした」。この一言に、始めは驚いた青柳氏は、すぐに気が付いた。東京からクルマで3時間もかけて訪れた別荘に、東京と同じ均質な面白味のない環境など求められないと。 「ここでしか味わえない環境をいかに創るか。いかにこの自然を堪能していただくかだったのです」(青柳氏)。ここから生まれたのが、スパイラルな空間に沿いながら水辺へ下る、ひと繋がりというユニークな動線だった。これにより立つ場所ごとに水面との距離が変化し、波音や水面の光、湿度や温度など様々な環境がばらばらに分布される。暖められた空気も均質化せず、多様な温熱環境が遍在する。この繊細な発想は景観に対しても同様に生かされている。 「中禅寺湖や男体山の山々など、この立地ならではの特徴ある景観をどう見せて感じてもらうか。アプローチから建物を進むにつれて変化する視点とそのシーンごとに取込まれる景色を、視覚的にも楽しんでほしいと考えました」(恩田氏)。
しかし、このような複雑な条件を満たすには、早い段階から緻密なスタディや多様なシミュレーションが必要となる。個人住宅レベルのプロジェクトでは、コスト的にも時間的にも困難だが、この不可能を可能にしたのが ARCHICAD によるBIMの活用だったのである。
BIM 設計では出来上がるものに「偶然」はない
「社内的にも数年前よりBIM を使って行こうという流れが強まっていたこともあり、当プロジェクトにおいて、私たちも初期段階から ARCHICAD を使うことを決心しました」。そう語る恩田氏も、そして青柳氏も ARCHICAD に触れるのはそれが初めてだったが、社内のBIM 専門集団である3D センターがプロジェクトを全面的に支援。いち早く3D スタディーモデルを作りあげることで、設計初期からこの3D モデルを幅広く活用した設計を可能にしたのである。 「たとえば、湖を視覚的にどう取込むかという検討で、いくら2次元図面を描いても全く判りませんでした。しかし、今回はBIM モデルに周辺の地形や山々まで正確にインプットすることで、ARCHICAD を用いて実際に建物モデルの中を歩く人の視点でスタディができました」(恩田氏)。敷地に対する建物の最適な配置や部屋のスケールバランス、開口部の形や大きさ、高さなど、実際に使うゲストの視点で検討していったのだという。
「ですから、この建物のどこに立ち、どこに座ると男体山がきれいに見渡せるか。ピクチャーウィンドウに収まるかまで検討できたのです」(青柳氏)。もちろん温熱環境や風通しについても初期段階から精密なシミュレーションを重ね、確度の高い検討を行うことでこの場所の自然環境が「ごちそう」となるような温熱環境や通風を確実に創りだしていった。 「だからこそ、出来上がるものが決して偶然にならなかった。景色の見え方も風通しも、結果的に良くなったのではなく、全て狙って創りだせる。凄いことだと思いますよ」(青柳氏)。
た、独特な形状の建物だけに、ARCHICAD によるBIM の活用は、施主や工事会社との打合せでも大いに威力を発揮した。
「何しろ平面図を見ても理解できない建物なので、当初から打合せに3D モデルやパースを使えたのは非常に効果的でした。クライアントにも施工者にも素早く空間認識してもらえ、設計意図が伝わりやすかったですね。結果的に現場に出向く回数もだいぶ抑えられたと思いますよ」(恩田氏)。 もちろんプロジェクトごとの使い分けは必要だが、BIM のさらなる活用は必須なものとなっていく――両氏はそう口を揃えた。
■On The Water
構造:RC造
主な仕上げ:RC打ち放し、ガラス、ステンレス溶融亜鉛メッキ板 / 外部RC 打ち放し、フローリング、石膏ボード / 内部
敷地面積:1,325.16m²
建築面積:640.50m²
延床面積:751.92m²
株式会社 日建設計
設計部門設計部
本江 康将 氏
株式会社 日建設計
設計部門設計部
田中 渉 氏
【CASE2 成田国際空港 第3旅客ターミナルビル】
徹底したローコスト追求に機能性、楽しさを両立させた21世紀型空港建築の誕生
徹底したローコストを大前提に
2015年4月、成田国際空港に「第3旅客ターミナルビル」がオープンした。日本ではまだ数少ないLCC(Low Cost Career:格安航空会社)専用ターミナルとして徹底的にローコストを追求するとともに、機能的かつエキサイティングな空港建築として、新たな空港のあり方を示したのである。 「従来の半分のコストで設計できないか? それがお施主様の第一の要望でした」。設計を担当した田中渉氏はそう語る。「これまで日本で通常の半分のコストで作られた空港は珍しく、その意味でも挑戦的なプロジェクトだったといえますね」。実際、徹底したローコスト追求のため、既存の空港建築の常識は通用しなかった。空港といえば凝った意匠の天井や屋根、巨大な吹き抜けが広がる大空間が一般的だが、第3旅客ターミナルは、こうした20世紀的価値観による設計が最初から不可能だったのである。
「当初は“何をどこまで諦めるか”をチーム内でずっと話していました。だから打合せがあまり盛り上がりませんでした」。田中氏と共に設計を行った本江康将氏はそう語る。動く歩道は付けられず、エスカレータも限定的に。コストがかかる吹き抜けなど当然なし……。その結果さまざまな課題が現われた。旅客が歩く距離は大きく膨らみ、動線も複雑になった。さらに天井も張れないため配管類が剥き出しになる。しかも吹き抜けがないので遠くのサインが見にくくなり、旅客の誘導に不利な条件が増えてしまったのである。
「なんだかだんだん良いモノを作ってる気がしなくなってきて。これまでの空港の廉価版を作るだけではダメだと感じ、そこで考えました。何かをやめるという発想はやめようと」。そんな本江氏の言葉に田中氏もうなずく。
「20世紀型の空港が無理なら“そうではない豊かさ”をもった空港にしようと思ったんです」。コストがかかるから単に「諦める」のではなく、機能を問い直し他の何かに置き換えて、新しい豊かさや楽しさを作りだそう。設計チームはそう考えた。 「たとえば動く歩道は、長く歩くのを楽にするためのものです。ならば歩くのを楽しくする素材、たとえばゴムチップを使ったら?……そんな風に発想を転換していきました」(本江氏)。こうして次々アイデアが飛びだし、従来のどんな空港とも違う21世紀型空港の計画が固まっていった。この時無数のアイデアをまとめていく上で大きな役割を果たしたのが、ARCHICAD によるBIMだ った。
BIM を基盤に設備・構造・意匠を一体的に計画
「ローコスト追求が前提だったこともあり、初期段階から設備や構造と意匠を一体的に計画していたんです。構造から仕上げと進む通常の設計とは逆で、全てをひっくるめて統合的に設計することで、課題を解決したわけです。たぶんBIM なしでは難しかったでしょう」(田中氏)。
このユニークな設計スタイルは、前述した課題とその解決策としてのアイデアを生かすためのものでもあった。たとえば前述した「天井が張れない」「天井裏の配管や電線類を整理しなければならない」「サインが見えにくい」といった問題に対して設計チームが出した解決策が典型的だろう。 「本来天井裏にある設備類をチューブ状の装置……自称“設備梁”にまとめて収め、その設備梁をサインの下地に使おうと考えました。幸い3D センターの支援を受けて ARCHICAD でモデルを立ち上げてあったので、設備と構造を同時に考えて検証することができたのです」(田中氏)。
このようにして、“設備梁”のサインや陸上の走路を模したゴムチップの誘導トラック等々、かつてない仕掛けが次々生まれ、誘導機能という空港としての最大の課題を解決していったのである。両氏によればこうしたアイデアは他にも無数にあったが、いくら面白くてもローコストに寄与しなければ落とされ、ローコストであっても「旅客がハッピーになる」ものでなければ弾かれた。それらアイデアの多くは、空間を伝えなければ納得してもらえないものであり、ここでもBIM によるビジュアルな説明が不可欠だったのである。
「アイデアを見せるのはもちろん、公共建築としての安全性等の検証も重要だったんです。ここから見た時の視認性はどうかとか細かいチェックが必要で、ここでもBIM の3D が活躍しました。お客様にも一目瞭然で納得いただけるし、設備との打合せでも非常に有効でした。ただ……」と本江氏は笑いながら言葉を続ける。
「完成した建物を歩くと、本当に3D モデルの通りに出来ていて、素直にすごいと思いますね。昔のように“紙に描いた図面が実物になっている!”と驚けないのは、ちょっと残念でしたが」
■成田空港 第3旅客ターミナルビル
主体構造:鉄骨鉄筋コンクリート造 一部鉄骨造 鉄筋コンクリート造
杭・基礎:既成コンクリート杭基礎(本館・ブリッジ)直接基礎(サテライト)
敷地面積:13,702,589.17m²
建築面積(新築部分):23,679.81m²
延床面積(新築部分):62,281.22m²
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