現実的条件から生まれた特殊なデザイン
株式会社アールテクニック 代表取締役/一級建築士 井手孝太郎 氏
「Breeze」は、地上3階・地下1階の住宅8戸を擁する「長屋」スタイルの集合住宅である。敷地面積が約915㎡というコンパクトな建物だが、道路に面した北側と東側を、優美な曲線を描く外壁で包み込むように覆っており、一見して集合住宅には見えない。むしろモダンなオブジェを思わせる造形なのだ。
「あのデザインからは想像しにくいかもしれませんが、Breezeの形状は、建築的コンセプトというより、多くの現実的条件の中から生まれたものです」。実は当初よりこの計画は、事業収益物件として成り立たせることが大前提とされていた。通常なら少しでも有効面積を増やし、戸数を多く取ることになるが、井手氏の考えは違っていた。
「大手デベロッパーなら“あの場所に長屋はもったいない”と訝りそうなロケーションでしたが、地形から影響する多様な条件をARCHICADでシミュレーションしてみると、長屋が最適だったのです」。2面道路の北側の間口が広いこの敷地は、東西に長く、1戸1戸に間口が取れる利点がある。しかし南北が短い分、北側に駐車場を確保した上で、さらに共用通路を置いて横方向の動線を取ることが難しかったのだ。
「そこで無理に集合住宅にはせず、長屋で商品価値を上げる手法を取ったわけです。また、敷地280坪程度の長屋で、エレベータや機械式立体駐車場等の設備負担は、賃貸物件としての収益率を大きく下げてしまいます。そこで、敷地の形状を生かしながら、別の創意工夫で商品価値を高めようと考えたのです」。その工夫の一つが、東側・北側にそびえるあまりにも印象的なあの外壁だ。実は単なる意匠ではなく、大きな機能を備えているという。最も重要なのは緩衝帯としての役割だ。通行量が多く露出したロケーションだけに、騒音・プライバシー対策が必要だった。だがそれだけであれば、あのような特殊な形状は必要なかったのではないか。やはり、あの曲線は意匠優先のカタチなのだろうか。それだけの想像を掻き立てる形状なのである。
高度な合理性が具現化した”黙っているモノ”
「あの外壁は“建築・建築していない意匠”というか、建築のボキャブラリにはない表現で“黙っているモノ”として作りたかったのです。しかし前述の通りBreezeはあくまでも収益物件であり、“遊び心で意匠したい”という思いを持ち込める要素はほとんどありません。このような形状にできたのは、背景に徹底した合理性があったからなのです。あの“カタチ”はARCHICADによるシミュレーションの積み重ねから生まれた、合理性に基づいたものなのです」 。
あらためて、あの壁の“カタチ”を見てみよう。最下部から立ち上がっていく途中で、緩やかな曲線を描きながら左右に広がりを見せ、同時に外側にも膨らみを持たせて傾斜し、再び垂直に立ち上がっていく。まるで何かを受け止めようとする掌のような形状だ。
「外壁は断面的・立面的に基部をえぐっているのですが、正面から見て開いているスペースをアプローチの通路にしてあります。また、横から見て建物側にえぐったスペースは、自動車の後部が収まるよう駐車スペースを確保するためです。同時に2階玄関前には広さが欲しいので、上部で外側に膨らませています」。つまりこのカタチには、快適に暮らすための無数の創意工夫と必然が凝縮されているのである。むろんその他にも無数の工夫があり、それらの要件を満たしながら具現化していく上で、大きな力を発揮したのがARCHICADだった。
「こういう形状を考えるだけであれば、ある意味誰でもできてしまうでしょう。しかし限られた時間の中で、個々の曲線や捻れの度合いは具体的にどれくらいが最適なのか。時には施工性まで考慮しながら検討し、正しい解を求めて決定していくことは容易ではありません。3Dモデリングなら絶対的に多く、しかも高精度でシミュレーションを繰り返せます。“最適なカタチ”を自分たちの目で事前に確かめられるのです。つまり、常に考えたり悩んだりしながら設計している人なら、ARCHICADの中で悩んだ方が絶対的に速いし、クオリティも上がるはずですよ」。
ARCHICADと共に進化してきた実感
井手氏がARCHICADを活用しているのは、設計段階だけのことではない。特にBreezeにおいては、外壁の施工方法等についても、BIMを利用して施工者へのヒアリングや打合せを行い、工事開始後も幅広く活用されたという。
「現場にBIMxのデータを渡すことにより、現場とのコミュニケーションが非常にスムーズになりましたね。特に若い職人さんは、切り出したBIMデータをプリントアウトし、現場で参照しながら作業していました。職人さんも3Dのビジュアルで見る方が形状を把握しやすいようでしたね。数値は平面図から取るにせよ、まず形としてどうなのかBIMで把握できるようになりました。もしかすると将来は、3D上で数値を表示できれば、2D図面は不要になるかもしれません」。
まさに設計初期段階から工事段階まで、ARCHICADをトータルに活用するアールテクニックは、設計事務所ならではのBIMを実現しつつあるといえるだろう。だが、井手氏自身はことさらBIMを意識しているというわけではない。その設計手法は、ARCHICADを使いながら「見たい、検証したい」という気持ちで素直に取り組み、自然な形で発展してきたものなのである。
「ARCHICADとともに、設計者としての私自身も発展してきた実感があります。実際、ARCHICADが進化することで作業内容もレベルアップし、仕事の完成度も高くなっています。その意味でいま一番期待していることは、ARCHICAD16で搭載されるというMORPH Toolです。もっともっと自由な“カタチ”を創り出してみたいですね。壁や床等の建築的な枠に限定されず、すべてにおいてニュートラルな造形を可能にするようなツールが理想です。ARCHICAD16を早く試してみたいのでリリースが待ち遠しいですよ(笑)」。
Archicadの詳細情報はカタログをご覧ください
ー カタログと一緒にBIMユーザーの成功事例もダウンロードできます ー
- Archicad ユーザーの設計事例を紹介
- 設計時の裏話や、BIMの活用方法など掲載
- その年ごとにまとめられた事例をひとまとめに
- BIM導入前から導入後の情報満載