株式会社
石本建築事務所
プロジェクト推進室
設計・監理 主事
BIM マネジャー
菅原雄一郎 氏
株式会社
石本建築事務所
プロジェクト推進室
設計・監理 次長
榊原由紀子 氏
株式会社
石本建築事務所
プロジェクト推進室
構造 設計・監理
環境統合技術室 主事
多田 聡 氏
株式会社
石本建築事務所
プロジェクト推進室
設計・監理
デザインマネジャー
コルベッラ・マルコ 氏
ミラノ万博で最も美しいパビリオン
「日本館は当初から2~3時間待ちという状態だったのですが、会期終盤はさらに人気が高まり、8~9時間待ちも珍しくなかったようです。土曜日1日で万博会場への入場者27万人だったこともある、というのですから驚きます」。そう語るのは、石本建築事務所 プロジェクト推進室の榊原由紀子氏である。榊原氏は今回、意匠主任としてチームを率いてプロジェクトを推進していったプロジェクトの中心的存在である。
「ミラノ万博の“食”という親しみやすいテーマが人気を呼んだのだと思いますが、日本館の場合、ありがたいことに現地で“会場で一番美しいパビリオン”と紹介された点も大きかったと思います。もちろん展示コンテンツも一つ一つ作り込まれて非常に質の高いものでした」。そんな榊原氏の言葉に大きくうなずいたのは、プロジェクト推進室の菅原雄一郎氏だ。BIM マネジャーを務める同氏は、本プロジェクトでは実際のデザインワークを担当した。
「日本食の美しさや季節感が巧みに表現された素晴らしい展示でした。インタラクティブで子どもにも分かりやすく、パビリオンプライズの金賞※1に値する内容でした」。
では、現地メディアが「会場で最も美しい」とまで絶賛した日本パビリオンの、美しさのポイントはどこにあったのだろうか。菅原氏と共に日本館のデザインワークを担当したコルベッラ・マルコ氏は「最大のポイントは立体木格子だ」と指摘する。
「エントランス部を囲むようにして立つ木格子は、会場を歩いていけばいちばん最初に目に入るし、そのインパクトは非常に大きかったと思います。日本の伝統的技術を生かして作りあげたあの構造体を、現地の人が“かっこいい”と思ってくれたことは、とても嬉しいですね」(コルベッラ氏)。
コルベッラ氏の言うとおり、2階建ての日本館は、その建物を覆うようにして立体木格子の構造体が建っている。美しい白木の材を精緻に組み上げた立体木格子は、昼の陽射しから夜のライトアップへ移り変わる光の変化で絶え間なく複雑な陰影を生み出し、多彩かつ繊細に表情を変えていく。その様は、まるで建物が木格子のベールを纏っているかのようで、静けさに満ちた日本館の佇まいに奥深い格調を与えている。
「立体木格子は日本の伝統的文化と先端技術の融合の象徴であり、これを建物外装のエンベロープに使おうというのが、北川原プロデューサーのアイデアでした。私たちのミッションは、これを現実のものとして最適な活用方法を考え、デザインして、遠いイタリアの地で多くの人たちを指揮してこれを実現していくことでした。――そこで大きな役割を果たしたのが、 ARCHICCAD と BIMx だったのです」(榊原氏)。
環境統合技術に BIM を活かす
「当社が ARCHICAD を導入して BIM への取組みを開始したのは、2006年のことでした。具体的には少人数の推進チームがプロジェクトごとに取り組む形で進めてきました。実際の導入プロジェクトはミラノ万博で8件目になります」(菅原氏)。
この BIM の取組みにおいて特に特徴的なのは、同社がその基本姿勢として重視する「環境統合技術」への応用である。これは、建築を環境も含めた全体像として捉え、常に最適な解答を具現化するための手法である。そのため同社では、既存の建築設計の枠組みを超えて多様な専門領域を横断的に統合することを目指している。BIM についてもこれを積極的に導入し、環境統合技術へ統合していこうというスタンスで取り組んでいる。もともと設計初期段階から盛んに環境シミュレーションを活用していくのが同社の特徴だが、近年はここに BIM を応用する機会が増えているという。
「たとえば基本設計段階で 3D モデルを作り、それでシミュレーションを行いながら形を決めていくのが基本的なやり方となっています。これにより、環境デザインといっても設備でなく意匠の私たちが環境ソフトを駆使してスタディします。自分が創ったかたちを“こうすると風がよく入る”とか“光がうまくリフレクトされてきれいになる”といった感じに検討していくようになりました」(菅原氏)。
こうした場合は ARCHICAD ばかりでなくモデリングソフトを適材適所につかい、スタディしたモデルをARCHICAD に統合している。ミラノ万博日本館のプロジェクトもその一つだった。
「ミラノ万博日本館の建築プロジェクトでは、ARCHICAD をプラットフォームとし、主に3つの分野で大きな効果を上げることができました。1つ目がスタディツールとしての活用。2つ目がより質の高い情報共有を可能にするビジュアライゼーション・ツールとして。3つ目がコラボレーションツールとしてのそれです」(菅原氏)。
中でも特に効果的だったのがスタディツールとしての利用である。 ARCHICAD で作成した 3D建築モデルにより、スタイロフォームやスチレンボード製の通常の建築模型では決して得られない、多彩かつ質の高い空間スタディが可能になったのである。
BIMx で実体験として空間を把握
日本館の建築模型を見ると、三方を立体木格子の壁に囲まれ上に屋根が付いた建築に見える。では、実際に中に入るとどんな感じなのか? 想像してもなかなか見当を付けにくいだろう。立体木格子という複雑なジオメトリに囲まれた空間が、いったいどのようなものになるのか。通常の建築模型を見ていても想像も付かないのである。
「特に入場者の“視線の抜け方” など、普通の建築モデルでは把握しようがありません。どのくらい視線が抜けるのか、どういう空間なのか、私たちも正直掴みきれないでいたのです」(榊原氏)。
そこで威力を発揮したのが、ARCHICAD とBIMx による3Dモデルスタディだった、と榊原氏は言う。当然のことだが、BIMx を使えば建物モデル内部に入り込んでアイレベルで検討することが容易にできる。ウォークスルーで検証すれば、変化していく光の効果も含め、入場者の動く視点でスタディすることも可能なのだ。「実際、BIMx で見ると“ 中に入ってもけっこう抜けているんだね”と、視線の抜けが即座に実感できました。こういう検証は、通常の建築模型では相当大きなものを作っても難しいですが、BIMx で手軽に実体験として検証できたのです」(榊原氏)。
この他にも、展示のシークエンスに関わる入場者の動線検討や建物から抜け出た処の木格子の見え方等々、今回のプロジェクトでは多様なスタディにBIMx が活用された。こうした来場者目線のスタディの積み重ねが、立体木格子のエンベロープと展示の結びつきをより緊密なものとしていったのである。
また、立体木格子そのものの設計でも、ARCHICAD は大きな役割を果たしている。この立体木格子は、前述の通り伝統的木造建築の木組みの知恵と最新技術を用いた「めり込み作用」の解析・応用を融合させた新しい構造体である。それだけに実際の建築で独立した構造体として使われた例はほとんどなく、使用する木材の太さやその組合せ方、角度、本数など、多くを一から作っていくしかなかった。
「当初は木格子をランチョンマットでシンボル的に表現するなどしましたが、結局は部分的に大型模型を作るしかありませんでした。しかしそれも部分模型に過ぎず、全体の検証は困難だったのが現実です。模型を実際の数作って組み上げるわけにもいかないので、やはり BIM を使うのがベストでした」(菅原氏)。木格子の構造解析はアラップ社が担当し、ライノをベースとしたパラメトリックなシミュレーションを行った。その 3D データは石本建築事務所に集約され、最終的に ARCHICAD に統合され、照明計画や施工計画などさらなる効率的なコラボレーションを生み出した。
「木材をどういう密度や角度で、どんな作り方をすると見栄えがよく、空間効率に優れ、コストも抑えられるのか。組方が緊密すぎると材料が増え接合部も増えて手間がかかり、コストが跳ね上がってしまいます。だからといって、それを抑えようとして壁を厚くすると今度は中の空間が十分取れなくなってしまいます。両者のベストバランスをスタディするのは、やはり 2D では到底不可能でした」(榊原氏)。
このようにして多様なスタディに使われた 3D モデルデータは、さらに実際の立体木格子の木材加工や施工にも活用された。プロジェクトの構造面をディレクションした構造担当の多田聡氏は語る。
「今回の立体木格子のエンベロープには、かなり特殊な施工が必要でした。まず RC で階段状の基礎を作り、1段目の土台として3列の木材を流した上に相欠きで木材を組んでいくわけですが、そのまま作ると最後のピースが入らなくなります。そこで途中で相欠きの形状を変えて加工し、最後の部材は回転させながらはめ込むようにしたのです」(多田氏)。
まさに 3D でなければ、スタディはもちろん、実際の加工や施工の指示を出すことも難しい工法だった。特に今回は木材のカットなどの加工や実際の施工も現地イタリアの業者に依頼する必要があったため、設計意図を確実に伝えなければならなかった。その役割を 3D データが担ったのである。たとえば榊原氏らが ARCHICAD データと3D プリンターで試作品を出力したように、カットを行ったイタリアの業者も石本建築事務所が提供した 3D データを用いて CNC マシンで部材を精密にカットしていったのである。
「イタリアの職人の木の使い方は日本とは違いますが、今回彼らは作り方を考え抜いて、多くの部分をオプティマイズしてくれました。でも、ベースとなる 3D データがなければ、あれほどのオプティミゼーションは難しかったでしょうね」(コルベッラ氏)。
コラボレーションツールとして
情報共有のためのビジュアライゼーション・ツールとして捉えると、ARCHICAD はプロジェクト初期の基本計画段階から大きな役割を果たしていたといえる。万博という国家レベルのビッグイベントだけに、このプロジェクトは官民問わず多くの組織が関わることになった。直接の発注者となる JETROやミラノ万博公社はもちろん、展示を担当する広告代理店のデザイナーやプロデューサー、実際に建物を使う運営担当も、建築プランに対してそれぞれの立場から意見・要望が出してくる。それらを調整し、トータルな合意形成を図っていくことが、きわめて重要な課題となったのである。
「建築関係者は空間の良し悪しをチェックしますし、展示プロデューサーは展示空間としての使いやすさを見ます。運営はまた逆の見方で客の導線を気にします。特に日本館は一見複雑そうに見える建物だっただけに、ひと目で空間のイメージを共有してもらうことができる BIMx は想像していた以上に効果的でした」(榊原氏)。実は「日本館の美しさのポイント」と言われる立体木格子のエンベロープについても、計画初期段階は「どの程度効果的なものなのか」という意見もあったのである。
「もちろん、でき上がったものを見れば全員が間違いなく“良かった”と言ってくれたのですが、設計段階ではいろんな意見が出てくるのが当然です。今回は早い段階で ARCHICAD と BIMx によるビジュアライゼーションをお見せできたので、先に“この建物にはこれがないと困る”という理解を皆で共有できたわけです。時間が無いなか、このことは非常に大きかったですね」(榊原氏)。榊原氏の言葉通り、今回は与えられた時間がきわめて限られていた。プロポーザルで選ばれて作業を開始してから3カ月で万博公社へプランの説明を行い、その1カ月後にはイタリア万博公社に対する最初の正式な基本設計書提出を行うというタフなスケジュールだったのだという。
「プランの基本的な骨格や考え方などを短期間でまとめて、すぐにさまざまな関連各所にプレゼンし、 一気に承認を戴く――そんな今回のやり方は、スタディとプレゼン双方の相当な効率化が必要でした。 ARCHICAD + BIMx でこれらをシームレスに行うことができたことが、今回のプロジェクト成功の大き なポイントだったのは間違いありません」(榊原氏)。
2015年10月31日、ミラノ万博は成功裡のうちに全日程を終了した。184日間の期間中の来場者は総計2,150万人に達し、当初の予想入場者数だった2,000万人を大きく上回る大成功となったのである。
「今回はこうした大きなプロジェクトの特に基本設計までの段階で、ARCHICAD と BIMx の効果が大いに発揮できたと思います。スタディツール・ビジュアライズでの活用はもちろん、多彩な 3D データを交換し効率的なコラボレーションを実現する BIMプラットフォームとしても非常に強力でした。初期段階ではプランの骨格がとても重要なことですが、ARCHICAD でこの骨格を作って共有しオルタナティブをたくさん作れたことが、トータルな品質向上にも効率化にも繋がったと思っています」(菅原氏)。
菅原氏によれば、このミラノ万博日本館の建設プロジェクト等において、石本建築設計事務所のBIM の展開は主に基本計画と基本設計段階での活用が中心だったが、既にその次のステップとなる実施設計段階での BIM の活用も視野に入れながら、新しいプロジェクトが次々と動き始めているという。その一つが、埼玉県新座市の「新座市役所」改築計画である。
※1:博覧会国際事務局(BIE)が主催する褒賞制度。ミラノ万博では出展面積の大きさに応じ3つのカテゴリー(2,000㎡超の自己建築型パビリオン、2,000㎡以下の自己建築型パビリオン、クラスター)に分けられ、各 カテゴリーに「展示デザイン」「テーマ」「建築・景観」の3部門が設けられ、優れた外国パビリオンに対し金・銀・銅賞が授与された。日本館は2,000㎡超の自己建築型パビリオンの展示デザイン部門で金賞を受賞した。 掲載:2015年ミラノ国際博覧会 日本館ホームページより)
基本設計に実施設計も ARCHICAD で!
適材適所の BIM 活用で進む庁舎建設計画
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石本建築事務所
プロジェクト推進室
設計・監理 主事
BIM マネジャー
菅原雄一郎 氏
株式会社
石本建築事務所
プロジェクト推進室
設計・監理
角田崇一郎 氏
レンダリング性能によるスタディ方法の変化
新座市は、埼玉県南部に位置する人口約16万の都市である。早くから東京の近郊都市として住宅地の開発等が進む一方、武蔵野の面影を残す豊かな緑で知られている。この新座市の行政の中枢をなす新座市役所本庁舎は築40年を経て、耐震性能の不足や施設の老朽化、スペース不足等の問題が起こり、2014年に新庁舎の建設が決定した。そして、公募型プロポーザルを経て、その基本設計・実施設計を任されたのが石本建築事務所だった。
「新庁舎は、鉄筋コンクリート造の地上5階地下1階延床面積12,500㎡ほどの建物で、1~4階に市民窓口等の執務室があり5階には議場も入ります。近年、こうした市役所などの施設では市民スペース(パブリックスペース)を設けることが多く、今回も本庁施設とつながったL字型の平屋を建て、ここにレストランやコンビニエンスストア、多目的スペース等を整備するのが1つの特徴となっています」(菅原氏)。この新座市のプロジェクトにおいて、菅原氏らはスタディツールとしての利用は無論、基本設計書の作成からARCHICAD をフル活用し、その後の実施設計も含めてこれを幅広く使っていったのである。
「基本設計の図書はほぼ全て ARCHICAD 18でつくりましたが、スピーディにオルタナティブを作成し、CINEMA4D によりどんどんレンダリングしてスタディするというやり方は圧倒的に優れています。さまざまなパースはもちろん、2次元表記の図面のベースもスタディしたものがそのまま成果物に活かせます」(菅原氏)。建物西側の木製ルーバーの検討では、形状のパラメトリックなスタディから風や光のシミュレーションまで かたちの検証されたモデルを ARCHICAD に統合し、BIMx に書き出してスケール感を検証するなど効率的に作業できたという。
多くの情報を多くの人と共有
そしてもう一点、このプロジェクトで大きなポイントとなったのは情報共有だ。もちろん、ARCHICAD の 3D モデル により社内のチーム会議で情報共有がスムーズに行われたこともフロントローディング上有効に働いたが、それ以上に発注者を含めたたくさんの社外の関係者との情報共有が、かつてない広がりとなったのである。
「庁舎設計の場合、社外関係者は庁内担当課だけでなく、市民の代表である市民検討会の方々もおられます。さらに市議会の特別委員会など、様々な会議体があります。これらの会議をスムーズに進めていく上で、BIMx は非常に大きな役割を果たしました」(菅原氏)。
特に新座市側の窓口となった新庁舎建設推進室では、自らビューワで確認するだけでなく、様々な会議で BIMx Pro データを活用したプレゼンテーションを実施した。実際にこれを見た市民が“こんなに分りやすいプレゼンはなかなかない!”と SNS で記事にするなど、大きな反響を得たのである。設計担当としてプロジェクトに参加した角田崇一郎氏は語る。
「市庁舎だけに利用者は市民が中心ですし、計画を見る目は厳しいものもあります。“仕様が華美なのでは? 動線がわかりにくいのでは?”といった声も含めていろいろな意見があるのは当然なので、だからこそプランをきちんと理解してもらうことが重要です。その意味で 3D は有効でした。BIMx で推進室が行ったバーチャル建築ツアーなど、市民の方々から非常に好評だったので、製作したデータを様々な場面で上手く活用してくださったと思いますね」。
効率化へのチャレンジ
ARCHICAD の活用に関しては、特に図面化に関してワンステップ進んだチャレンジも行われた。すなわち基本設計に加えて実施図面についても、一般図と建具表、平面詳細図・面積表・ 展開図等を ARCHICAD で作成したのである。
「時間の無いなか比較的スムーズに進められたと思います。実施図関連は当社の枠とスタイルにはめ込んで作れたので、次からは社内で広く使っていけると思います」(菅原氏)。
新座市新庁舎プロジェクトは2015年10月末に設計作業を完了。2016年2月の着工へ向け、いまや着々と準備が進んでいる。
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