シーラカンスK&H株式会社
Archicadを用いて多彩なデザインを生み出し、さらなる発想の創出を目指す。

シーラカンスK&H株式会社

シーラカンスK&Hは、建築家の堀場弘氏と工藤和美氏が主宰する日本を代表するアトリエ設計事務所の1つである。日本建築学会賞をはじめ、文部科学大臣賞、グッドデザイン賞、JIA日本建築大賞などの受賞歴を誇り、学校や図書館を中心とする公共建築から商業施設、住宅、家具まで、意欲的なデザインワークを広く展開している。そんな同社は、ArchicadをメインツールとするBIMを用いたコンピュテーショナルデザインの多彩な活用にも積極的であり、数々の先端的な取り組みを意欲的に続けている。今回、BIMを活用し、さまざまなクリエイティブな作品を生み出し続ける、同社の代表取締役堀場弘氏と奥村禎三氏にお話を伺った。

シーラカンスK&H株式会社

設 立 :

創設 1986年 株式会社シーラカンス

改組 1998年 シーラカンスK&H株式会社

業務内容:

建築の企画・設計・監理 及び地域・都市計画に関する企画・調査・研究

本社:東京都杉並区

代表者:

代表取締役 堀場 弘、工藤 和美

代表取締役
堀場 弘 氏

奥村 禎三 氏

業界に先駆け
コンピュータを活用

「建築設計におけるコンピュータ活用に、私たちはかなり早くから取り組んできました」と語るのは、シーラカンスK&Hの代表で建築家の堀場弘氏である。同社が活動を開始した1986年当時は、日本の建築業界ではまだまだ手描きの作図が主流で、建築業界に2次元CADが広まり始めた頃。むろん堀場氏らも使い始めていたが、それとは別にコンピュータを用いた取り組みも進めていたという。まず、堀場氏は1990年の“K-Project”という大規模な集合住宅開発プロジェクトを紹介してくれた。「これはバブル後の頃で、とても大きな団地の計画でした。団地の計画では各戸の日照時間の確保が重要な課題となります。当然、設計にあたっては、その日照時間に関わる制限をどのように建築の形へ落とし込むかがポイントとなります」。そこで堀場氏は、日影ソフトを使い、配棟計画のスタディを行ったのである。「高くすれば影が増える、ここを上げたらあそこに影ができる…といった相関関係を模型で確かめるのは大変ですが、コンピュータを使えば簡単にシミュレートできます。そこで日影ソフトを上手く活用しながら、3Dスタディを行いつつ形を決めていきました」。

次に堀場氏が紹介してくれたのが“砂丘博物館”(1996年)だ。自然の砂丘に建物が半分埋め込まれたような点が特徴的な建築計画である。
「何しろ砂丘に埋もれているので、埋め込まれた建物の屋根部分が砂丘と形状的に連続するような形にしなければなりません」。そのため、埋め込まれた建物の屋根が砂丘と連続するための砂丘の微妙なアンジュレーション表現や、屋根の窪みに砂が溜まらぬようにする方法が課題になったという。この時もやはり3Dスタディを繰り返し、風シミュレーションなども活用しながら形を決めていった。

砂丘博物館

一方、2000年に竣工した商業施設“ベイステージ下田”のプロジェクトの場合は、初期計画のポイントだった斜めの柱型をどうレイアウトするかが課題となった。「この案件では、構造設計者との連携がポイントになりました。彼らと論議を重ねるうち、“ラーメン構造を用いることで断面を最小限にできる”というアイデアをもらい、これを元に斜めパターンのバリエーションを大量発生させるプログラムを作成し、そこから絞り込んでいったわけです」と語り、まさに現在でいうコンピュテーショナルデザイン活用の先駆けとなる事例なのである。

このように同社は意欲的にコンピュータ活用の取り組み、その知見を集積している。その中で、大きなターニングポイントとなったのが2004年の新規ツール導入だった。前述のとおり、その頃すでに同社では3次元によるスタディも行なっていたが、ツール自体はモデリングソフトを2次元CADと併用している状況だった。その中で2000年頃、同社へ入ったエジプト人スタッフが、当時同社では使用したことがない3次元ソフトを持ち込み、使い始めたのである。「それが高機能なのにとても使いやすく見えました。エジプト人のスタッフは、建築設計の実務経験を持つ若者で、訊ねると“海外ではみんな使用しているよ”と言っていました。そして横目で見ていたスタッフたち皆も、これは良いし業務にも使えると。早速、使ってみることに決めたのです。それがGRAPHISOFTのArchicadでした」。

併用するスタイルから
Archicadをメインに

「Archicadの魅力は、3Dモデルを作るだけでなく、そのモデルデータから図面を切り出しレンダリングしてCGパースを作るなど、1台で業務に関わるすべてをトータルにカバーできる点で、この点にとても魅かれたのです」と堀場氏は続ける。もちろん、これをいきなりメインツールとして作図に使うのは難しかったが、いずれ必ず模型を組み立てるように設計する時代が来ると考えた堀場氏は、Archicadを積極的に使用していった。「当時はまだ、BIMは一般的になってはいませんでしたが、私たちはArchicadそのものに豊かな将来性を感じていたのです。もちろんレンダリングやモデリングの操作性も優れていたし、とにかく1~2本買って始めてみようと思ったんですね」と堀場氏。

「当初、Archicadは3次元スタディやパース制作のレンダリングツール的な運用が中心で、図面は2次元CADで描いていました。しかし、やがてこの併用スタイルが困難になってきました」。2D/3Dなど複数のツールを併用すると、どうしてもコストが高くなっていくからだ。

「それで、複数を使い分ける併用スタイルから、一つのメインツールで設計業務をトータルに行えるよう体制を変えていかなければならないと考えました。そこで、メインに選んだのがArchicadです。将来性はもちろん、Archicadの普及が進むにつれ事務所全体の効率化も進んでいる実感があったためです。私自身、さまざまに検討する時間など、純粋にクリエイティブに費やす時間を増やしたいという想いがありました」。
そして少しずつArchicadをメインツールとする制作体制が確立され、同社のコンピュテーショナルデザインはさらに加速していく。

Archicadを核とするBIM設計へ

その進化を象徴するような作品が、2012年度のグッドデザイン賞を受賞した“金沢海みらい図書館”(2011年)プロジェクトである。「金沢海みらい図書館は、約45m角のワンルームに収めた大きな広場を連想させる図書館です。いかに大空間へ自然に光を入れるか、どんな風に開口部を開けるかがポイントでした」。堀場氏らが構想したのは、大中小3種の円窓型開口6,000個がランダムに並んだ独特のパンチングウォールの外壁で、これにより図書館内は柔らかい光と森のような静けさに満ちた、落ち着きのある大空間となったのである。この6,000個という膨大で不規則な外壁の開口を、構造的な整合性を取りながらいかに実現するか、という難題の解決には、やはりコンピュータの力が欠かせなかったのである。

金沢海みらい図書館


「ランダムな開口部の背後には、構造のブレースが仕込まれています。このブレースの存在を感じさせないように開口部を配置するにはどうすべきか、コンピュータを使って検証していきました」。堀場氏らは、そのために必要となる条件をコンピュータにインプットし、ブレースと整合した3種類の開口パターンをプログラミングにより100パターン以上の円窓配置を生成。そこから、不自然ではないものや開口率ができるだけ大きいものを選び出し絞り込んでいったのだ。もちろんこれに合わせてArchicadによる日影シミュレーションや3次元スタディなども活用したのである。

そして、こうしたBIMソフトを活用した設計の流れが同社の基本スタイルとして確立されたきっかけとなったのが、“The University DINING”のプロジェクト(2015年)である。

「The University DININGは、首都圏のある大学のカフェテリア建築です。席数350ほどの平屋の建物は、非常に細い木の梁を編み込んだような形で、天井全面を支える大きな木造屋根が特徴です。しかも、この梁の編み込み風パターンについては、あえて均等でなくしているのがポイント。木の風合いを出した、森の広場みたいなカフェにしたかったのです」。つまり、幾何学的に均等なパターンで並べただけでは、ひどく硬い印象が生まれてしまうのだ。それを避けたかった堀場氏は、自然を疑似的に表現できるようなパターンを創りだそうとした。そして、着目したのが、自然界で人が心地よいと感じる「1/fゆらぎ」のリズムである。堀場氏はこれをプログラム化し、構造解析とともに木梁の配列を決定していった。

最終的にこの天井は約1,000パーツものLVL材を上下2段に組んで、細い鉄骨柱で支える構造となった。さらに木梁ピッチの幅を、前述の1/fゆらぎのリズムで波のように震幅させることで、トップライトからの光を柔らかく変換していく。カフェテリア利用者の視線の方向や座る場所によって、天井はさまざまに表情を変えていくのである。現在このカフェは、学生に加え老若男女の地域住民も集う新しいコミュニティの場になっているという(※現在は、新型コロナウイルス感染拡大防止のための活動制限指針に基づき、一般の利用を中止している)。「自然」を実現するために数式とコンピュータを駆使する。まさにシーラカンスK&Hならではのコンピュテーショナルデザインの実践だったと言えるだろう。

BIM設計が拓いた
新しい世界

「こうした経緯を経て、現在では当社のほとんどのプロジェクトが、Archicad中心のBIMを活用した設計で進められています」。そう語るのは、BIMやICTツールによる取り組みを同社で牽引する奥村禎三氏である。「これまではArchicadの運用も、3次元スタディやCGパース制作、解析ツールとの連携などによる利用が比較的に多かったと思います。しかし、近年はBIM設計の核として、そのフィールドそのものが大きく広がっています」。使用するツールに関してもRhinocerosなどの3DモデリングソフトなどをArchicadと連携させて、より自由度の高い3次元設計を行っているという。

「加えて、プレゼンテーションなどではBIMxのウォークスルーをはじめ、高度なビジュアライゼーションツール Twinmotionを活用し、ムービーや3Dモデルによる提案や打ち合わせを行うようになっています。昨今はコロナ禍の影響もあり、BIMcloudでチームワーク機能を使い遠隔から複数人でプロジェクトを進めており、slackなどを活用し、社内環境はほぼクラウド化されています」。

このように進化し続ける同社が目指すBIM設計はどのようなものか。同社独自のBIM活用手法を奥村氏にいくつか挙げてもらった。「では、意匠設計の立場から3つほど紹介しましょう。まず学校建築のプロジェクトで用いた、スタディブロックのBIM化の事例です」。スタディブロックとは、同社が小学校などのプロジェクトで検討段階の初期に使うスタディ模型ツール。教室や廊下、体育館など、用途や大きさで異なるブロックを積み重ねてスタディするもので、比較的モジュールが決まった学校建築などで有効だ。一方、Archicadのゾーンツールは、このスタディブロックによく似たデジタルツール。言わばBIM化したスタディブロックなのである。

Twinmotionで作成した東京都市大学の施設のパース

「この小学校プロジェクトでは、まずスタディブロックで棟配置など大枠の形を作って方向性を絞りこみ、その上で、ゾーンツールで再検討していきました。これにより、多数の案をスピーディに発展することができたわけです。最終的にはそこへ構造なども入れて詳細度を上げていきました」。しかも、ゾーンと連動した面積表の作成も容易なので、各検討案にリアルタイムで面積表を発行。レギュレーションへの適合を確認しながらスタディできた、と奥村氏は語る。「ゾーンはArchicadの基本機能の一つですが、スタディブロックとの親和性が非常に高く、BIM以前のアナログな設計とBIM以降のデジタル設計を、シームレスに繋ぐ役割を果たしてくれました」。

2つ目の事例として奥村氏が取り上げたのは、BIMを利用し非常に短期間でデザイン検討と形状コントロールを行った、ある図書館のプロポーザル案件である。3D曲面の屋根形状を持つ難度の高いデザイン案を短期間で仕上げた事例だ。「この建物は涙滴型の平屋で、平面的に楕円形のワンルーム空間に書架が並ぶというものです。平面だけでなく立体的にも3D曲面の屋根形状を持たせた案でした。この時は平面計画に加え、屋根の3D曲面も検討が必要で、1週間でプレゼンまで仕上げなければなりませんでした」。この難題に対し、奥村氏は屋根をRhinocerosで、敷地との関係や平面計画をArchicadで検討し、Twinmotion上で統合してプレゼンテーションした。「適材適所でツールを使い分け、短期間で複雑な形状の検討プレゼンが実現できました。この案件は実際に最優秀候補に選定され、現在プロジェクトが進められています。そこではパラメトリックデザインツールであるGrasshopperとArchicadをLive-connectionで連動させてより詳細な検討を進めています」。

某図書館のGrasshopperとの連携

さらなるクリエイティブな
発想を求めて

現在、同社のBIM設計への取り組みはさらに進んでいる。「最後に紹介するのは現在進行中のプロジェクトで、大学キャンパスを約1万m2の新しい建物へ移転させようという試みです。私たちはここで、実施設計段階におけるArchicadの本格的な運用を開始し、BIMモデルの実施設計図化などにも取り組みました」と奥村氏。

奥村氏によれば、3Dモデルは構造設計者からのSTBデータなどを利用して意匠モデルだけではなく、構造も含めて不整合のない3Dモデルを短期間で作成。さらにArchicadのプロパティマネージャーで、各部屋の仕上情報や、建具や階段の情報などを要素ごとに付与した。これらは3Dモデルの変更に応じ動的に変更がかかるので修正ミスによる不整合を防ぐことができた。図面化の際には、関数を使った条件分岐などを用いてモデルの生のデータをそのまま利用するのではなく、人が見たときに読みやすいように編集・表示することで、実施設計図として図面化された時も理解しやすい情報としている。「ここでは実施設計用に100種類程度のプロパティを設定し、仕上表、平面図、立面図、平面詳細図、建具表などの基本図面及び一部の詳細図をBIM化することで、図面間の整合性を高め、また図面作成の工程も大幅に効率化されました」。

東京都市大学の施設BIMモデル

Archicadで作成した平面詳細図

BIMモデルを元にした図面作成は一つのモデルからいろいろな情報や図面に切り出すだけなので、モデルさえ仕上がれば実施設計図書の作成は大きく効率化できるという。「Archicadの表現の上書き機能で抽出した情報を、視覚的に強調表示しキープランなどを作っています。例えば、一般平面図を学部や所属ごとに色分けし、平面詳細図ではよりスケールを上げて詳細な情報を表示。また、電気設計者から照度設定をいただき設計照度を色分けすれば、照明デザイナーにも有効に使ってもらえます」。設計業務ではさまざまな関係者にそれぞれ必要な情報をピンポイントで渡す必要が多々あるが、一つの図面から多様な情報や図面を切り出せるBIMモデルは、そこでも有効に使えるのだ。

このように着々と成果を上げ続けるシーラカンスK&HのBIM設計の取り組みについて、まとめを代表の堀場氏に語っていただいた。「BIM設計を進化させていく中で、設計スタイルの変化とメリットを感じています。例えば効率化については、最近では2割程度を削減できている実感があります。また、設計者にとっても、何か新しいものを創りだしたい時、コンピュテーションの活用は極めて有効です。もちろん自分自身の発想も重要ですが、さらに“その発想を超えた何か”をコンピュータの力も借りて見つけていきたいと思います」と意欲的に語る。

ArchicadのBIMモデルを基に、パーツを3Dプリントで出力した1/50スケールの模型

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