株式会社 梓設計
アーキテクト部門
九州支社 設計部
サブリーダー 主幹
一級建築士
伊地知 寛 氏
株式会社 梓設計
アーキテクト部門
九州支社 設計部
石川 友樹 氏
新杵築市図書館
建設基本計画
策定委員会 委員長
小城 尚文 氏
杵築市教育委員会
教育総務課 施設係
主査
興田 昌英 氏
杵築市教育委員会
社会教育課
図書館建設推進係
主幹兼係長
中根 幹雄 氏
杵築市立図書館
館長
富永 一也 氏
「ほんのみち」を中心とする新図書館
九州・国東半島の南に位置する大分県杵築市は、城下町の風情を残す緑豊かな地方都市である。特に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された旧城下町は、幾つもの武家屋敷が建つ南北の高台に挟まれた谷間に町屋が立ち並ぶ。サンドイッチ型城下町の異称で親しまれるその特異な景観は、観光客にも人気が高い。2018年3月に開館したばかりの杵築市立図書館も、この旧城下町地区の中心部にあった。
敷地面積約3,600㎡・延床面積約2,100㎡、鉄筋コンクリート2階建て。真新しい杵築市立図書館は、切妻屋根の白壁と黒い柱が立ち並び、城下町に見事に調和した「和」の雰囲気を感じさせる建物だ。明るいロビーから右手へ進むと、8万冊(当初)の図書を納めた書架が並ぶ閲覧室が一望できる。珍しいのは、その入口から開架図書エリアの中心を貫くように奥へと伸びている長大な通路だ。入口付近からは、緩やかなカーブを描きながら伸びるこの「道」の左右に、低めの書架が枝のように配置されているのが一望できるのである。
「まるで“ほんのみち(本の道)”でしょう?」。そういって取材班を迎えてくれたのは、この新たな杵築市立図書館の設計と施工監理を担当した梓設計九州支社設計部の伊地知氏と石川氏である。
「この杵築市立図書館が掲げる理念は“出会う・学ぶ・変わる 人と人とをつなぐ交流の館”というものです。事務局の皆さまや市民代表の委員の方々の熱心な議論から生まれたこの理念を実現するため、私たちは杵築市のサンドイッチ型城下町を模した“ほんのみち”を構想しました。書架の“高台”の間を通り抜けるこの“みち”を動線の骨格として形成し、これに沿って図書ゾーンと利用者のさまざまな居場所をちりばめていくプランです」。そんな伊地知氏の言葉どおり「ほんのみち」を辿って歩みを進めると、書架の間や壁際に多くのスペースが設けられていることに気づく。そこここにさまざまな形状の椅子や遊具が幾つも配置されているのだ。
「こういう形式の図書館ってあまりないはずなんです」と伊地知氏は言葉を続ける。「図書館の主役はやはり本ですから、普通はその本を何処にどう置くかが提案の核になります。しかし、私たちはあえてこの“道”を中心に置いた提案を行ったのです」。図書館のプランとしては異色な提案だったかもしれない、と伊地知氏は苦笑する。だが、こうした提案を行い、それを実現できたのも、事務局や市民代表による活発な議論が基盤にあったからにほかならない。そして、限られたスケジュールの中、こうした濃密な議論を可能にしたのが、ARCHICAD によるBIM設計の活用だったのである。
3Dで「プランそのもの」を見てもらうことで設計意図へのより深い理解を促し設計者と施主の間の認識のズレを抑える
市民も参加した公募型プロポーザルの審査
「本件のプロポーザル公募の告知が行われ、私たちが動き始めたのは2014年暮でした。その当初から、私たちはこの案件で ARCHICAD によるBIMを活用していこうと考えていたのです」(伊地知氏)。すでに全社統一のBIMツールとして ARCHICAD が選ばれ、九州支社でも運用を始めていたが、図面作成まで含むBIMの活用となるとこれが初挑戦だった。
「図書館という施設の性質上、私たちの作業も、まず多くのお客様への提案と打合せを行うことが中心となります。それも設備やシステムに関わる技術的な説明より、図書館の使い方をどうしていくか? また、そのためにはどういう空間が必要か? というコンセプト部分を議論してもらう必要がありました」(伊地知氏)。そのためには、建築の専門家ではない事務局や市民代表にも梓設計の提案を正確に理解してもらわなければならない──伊地知氏らはそう考えた。「ならばBIMの3Dで“プランそのもの”を見てもらった方が分かりやすく、認識のズレも抑えられます。ARCHICAD でやれる所までやろうということになりました」。そんな伊地知氏の意を受け、ARCHICAD によるBIM設計の実務を任されたのが石川氏だった。
「私はもともと3D等の新しい技術に興味があり、学生時代からいろいろ触れていました。だからこれも実務で取組む良い機会と感じました。九州支社はまだBIMの実績が少なく、なんとか形として残せるものにしたかったのです」(石川氏)。
では、プロポーザルを公募した杵築市や杵築市民の側にはどんな思いがあったのだろうか。そもそも旧・杵築市立図書館は1978年に建てられた古い建物の2階部分にあり、床面積は狭く階段しかないため、車椅子やベビーカーでの利用が難しかった。新図書館建設基本計画策定委員会の委員長として、長く新図書館建設に取組んできた市民代表の小城尚文氏は語る。
「とにかく旧図書館は古くて狭く非常に粗末で、お年寄りや子ども、身体が不自由な方にとって使い難いものでした。新図書館の建設は、われわれ市民にとって長年の悲願だったのです」。小城氏のこの言葉は多くの市民に共通する思いであり、その思いを結集して開かれたのが業者選定のプロポーザルだった。新図書館建設計画の事務局として活動していた、杵築市教育委員会の中根幹雄氏は語る。
「2014年暮れにプロポーザルを公告し、翌2015年1月に1次審査を行って9社から6社に絞り込んで2次審査に進みました。2次は各社による新図書館設計提案と、これに対する市民代表の選定委員による質疑でした」(中根氏)。
選定委員たちは、まず各社提出の技術提案書を項目ごとに採点し、さらに各社の質疑応答をヒアリングした上で再び点を付けて結果を集計。最高得点を獲得したのが梓設計だったのである。中根氏と同じく事務局の一員だった教育委員会の興田昌英氏は語る。
「当時の選考委員長による公評では、梓設計案についてこう書かれています。“最優秀賞となった梓設計の提案は、みんなをつなぐ本の道をキーワードに、街を歩く皆が立ち寄りたくなり、ずっといたくなる図書館を目指しており、そのための工夫が全体計画から細部に至るまで的確かつ綿密に盛り込まれている点が優れていました──と」(興田氏)。まさに梓設計の提案が正しく伝わっていたと分かる公評である。ともあれここから、ARCHICAD によるBIMを駆使した梓設計と発注者の長く濃密なやりとりの日々が始まった。
分からないまま進めて後で問題になるよりも早く多くの意見を集約して形にした方が絶対に良いものができる
BIMを用いた打合せで要望を形に
「2015年の3月に契約を結んでから設計期間は約2年間に及びましたが、私はけっして時間がかかりすぎたとは思いません」と伊地知氏はいう。特に今回のように市民と話をしながら作っていくやり方では、時間をかけて互いの要望や提案を理解しながら進めることが大前提となるからだ。実際、基本計画段階当初は2週に1度ほどのペースで会合を持ち、顔を突き合わせて議論し、要望を聞いて持ち帰り、ARCHICAD で形にして提案し、また要望を聞く──という作業を繰り返していった。そこで活用されたのが、ARCHICAD による3Dモデルをもとに、石川氏が BIMx や Lumion を駆使して作りあげたムービーなどのビジュアライゼーションである。
「ゾーニングだけでなく空間の大きさや広がり感、素材感や隣接する領域との関わり方、あるいは実際に建物を訪れなければ味わえない空気感まで疑似的に体験していただくことができ、非常に効果的でした。紙の図面だけでは、こうした感覚まで伝えることは難しかったでしょう」(石川氏)。さまざまなアイデアを利用者目線で検証することによりスピーディに合意形成を図り、合理的な設計作業を進めることができたのである。さらには映像を通じて認識を共有することで、設計側と発注者側の認識のズレを防ぐことにも繋がったという。「特にこの図書館の設計では、建物の奥まで通る視線の抜け方や居心地の良い空間の広がり感などが非常に重要なので、スタディを何度も繰返しました。そして、分かりやすい3Dビジュアルでお見せして、事務局や検討委員会の皆さんと具体的に認識を共有しながら、密度の濃い議論を重ねていったんです」。石川氏のその言葉に、興田氏も「たとえば──」と言葉を継ぐ。
「新図書館の建つ場所が城下町エリアだったため、新築の建物も和風にしなければなりませんでした。新図書館のプランも建築審査会という所で審査してもらったんですが、今回はBIMを使って説明できたので、非常に理解されやすかったですね。従来は図面で説明していましたが、なかなか分かってもらえなくて……今回はお見せするとすぐに伝わったし、審査会の助言を取り入れた修整も素早く対応いただいたので、より和風に近い形にできましたね」(興田氏)。ただし、全てが分かりやすく具体的に伝わるだけに、プラン細部までさまざまな意見、要望が出るようになったのもBIMならではの影響だったかもしれない。
「細かい所まで本当に具体的に見えてしまうから、ついつい“そこは変えて!”って言いたくなるんですよ。イメージが湧きすぎるくらい湧いてくるんです」と笑う中根氏に、小城氏も頷く。「イメージの中で嘘は言ってないな、設計図の通りだな、というのは分かるんですが、同時に、だけどちょっと本棚が高いんでは?とか。図面なら絶対気づかないような所まで気になり始めるんです。本当にいっぱい注文を付けちゃいましたね」(小城氏)。
「確かにたくさんご注文いただきましたが、それに細かくお応えしていけたのは非常に良かったと思っています。設計段階はもちろん工事が始まってからも、変更は発生するのが当然で、特に図書館というのは生き物ですから、設計が進んでいる間にもどんどん変わっていくものです」(伊地知氏)。プロジェクトが動き出してからの間にも、たとえば電子図書の普及が急速に進んだ。当然、その電子図書に馴染んだ子どもたちは、図書館の使い方もどんどん変わっていくことになるはずだ、と伊地知氏は言う。「委員の方や事務局の方にも、そうした変化を踏まえて“この図書館をどう使っていくか?”考え続けていただくことが重要でした。そして、さまざまなご意見を、その都度BIMを用いることで生かし、対応していけたのは、とても良かったと思っています」そんな伊地知氏に続いて石川氏も語る。
「確かに大変でしたが、いまは活発な議論ができて良かった、という気持ちの方が強いです。お互いの気持ちが分からないまま進めて後で問題になるより、早い段階で多くの方の意見をいただき、それを集約して形にした方が絶対に良いものができるはず。今はそう確信しているんです」(石川氏)。
梓設計の九州支社としてまずはBIMを用いたトータルなシステムの確立を目指して取り組んでいく
図面を一元管理できることのメリット
こうして1年余にわたる密度の高いやりとりを経て基本計画が合意に至ると、いよいよ計画図を発注図面へと精査していく実施設計フェーズとなる。ARCHICAD による実施図面の作成が、石川氏の手で進められていった。
「このステップでも ARCHICAD の活用は有効に働きました。その最大のメリットは、何と言っても図面を一元管理できることです」(石川氏)。1つの3Dモデルを修整することで、平面図・立面図・断面図・平面詳細図に法チェック図まで、全ての図面が追従して自動的に修整される──3D CADならではの連携に、石川氏は(そうと分かっていても)大いに感銘を受けたという。もちろん微調整は必要だが、各図面のデータをバラバラに扱っていた従来のやり方よりはるかに効率的なのは間違いない、と石川氏は言う。さらには、建具表なども条件設定さえしておけば、数量の算出から姿図の作成まで自動的に行われ、しかも一覧表となって出てくる。だから、基本的に各図面間での食い違いなどは発生しないのである。「とにかく今回のように細かい設計変更が度々発生する案件では、各図面間で整合性が保てることはとても大きなメリットだと痛感しました」(石川氏)
既存の枠を超えて進化していく図書館へ
こうして2018年3月25日、杵築市立図書館は開館した。すでに新たに「アイデアストア宣言」を発表した同館では、「知恵の販売店」という新コンセプトを打ち出し、図書館改革への一歩を力強く踏み出している。最後に、ご登場いただいた皆さまにひと言ずつ感想をいただいた。
「いろいろ注文を付けましたが、本当に文句の付けようのない素晴らしい建物ができたと思います。特に入口からすっと奥まで見通せるこの“ほんのみち”は本当に良いですね。あとは館員の皆さんが良い図書館にしていってくれれば……。それこそ次の世代の人たちが、ここから何か新しい文化を発信していってくれると良いなあと思っています」(小城氏)。
「新図書館は、見れば見るほどいろんな工夫がされていて驚くことがたくさんあります。たとえば、本棚の横の黒板塗装や各所に据えられた看板など、司書さんが工夫して活用していけば、どんどん良い図書館にしていけるでしょう。もちろん図書館は本を読むことが主ですが、その枠を超えていろいろな面白いことをやっていけたら楽しいな、と思っています」(興田氏)
「私も計画当初から関わってきただけに感慨深いものがありますが、やはりこの図書館は本を読むだけでなく、老若男女誰もがそれぞれの楽しみを見出せる場所になってほしいと考えています。それはもちろん、私たちのイベントプロデュースの内容にも関わってきますが、図書館の既成概念にとらわれず、いろんな楽しみの創造を考えていきたいですね」(中根氏)。
また、新任の館長としてこの新図書館を率いる富永一也氏にもコメントをいただいた。
「すこし抽象的なんですが、来ていただいた方だれもが幸せになれる図書館にしていきたいですね。というのは、もともとこの図書館は、多くの方の善意でできた図書館だと思うからです。実際、市民の方が“これで本を買って”と図書券を置いて行かれたり、別の方が“良い本だから皆に読んで欲しい”と本を寄贈されたり、ということが度々あって……今日も、地元の新聞配達店の方々から館内で使う車椅子やベビーカーの寄贈をいただきました。こうした善意を集めて広げ、循環させて、来館者の皆さんに幸せな気持ちを上げられる、そんな図書館にしていきたい。そう考えています」。
一方、伊地知氏と石川氏は、やはりさらなるBIMの活用と普及が新たな目標の一つとなるようだ。
「今回、実施設計の或る段階までBIMで進めさせていただき、九州支社としての事例も作ることができたと思います。これを一つの取っ掛かりに、まずは支社内でBIM活用のすそ野を広げるという意味で、ARCHICAD を使える人材を増やしていきたいと考えています。支社としては、まず全ての案件の基本設計をBIM化することですね。少なくともお客様とともに建物の形を決めていく段階では、BIMを用いて目に見える形で施主との基本合意までもっていくやり方が、設計の手戻りも少なく、間違いが起らないと思います。ですから、その部分をもっと煮詰めていけるよう努力していきます」(石川氏)
「九州支社という枠の中で考えていくと、まずはBIMを用いたトータルなシステムの確立が第一かな、と思っています。そのためにも、設備構造まで含めた形で、何か一つプロジェクトをトータルにBIMで行っていける形を確立したい──まずはそのための方法を考えなければなりません。今回はスケジュールの問題もあり、BIMの活用は実施設計の中途までで、残念ながら全てをやりきることはできませんでした。ですから、次は当然、今回の壁を乗り越えてとことんやってみたいですね。それと他方では図面とは切り離す形で、3Dそのものを何処まで追求できるか究めてみたいという思いもあります。とにかくいろいろな意味で“これから”だと思っています」(伊地知氏)
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