株式会社 竹中工務店
名古屋城天守閣木造復元プロジェクト
技術担当副部長
林 瑞樹 氏
株式会社 竹中工務店
名古屋城天守閣木造復元プロジェクト
設計担当副部長
片庭 修 氏
株式会社 竹中工務店
名古屋支店 設計部
設計7グループ 課長
岡部 亨一 氏
株式会社 竹中工務店
名古屋支店 設計部
設計7グループ 課長
山嵜 英二郎 氏
株式会社 竹中工務店
名古屋城天守閣木造
復元プロジェクト
技術担当
橋本 慧 氏
株式会社 竹中工務店
設計本部 アドバンストデザイン部
伝統建築グループ
本弓 省吾 氏
大量の古文書に実測図、精緻なガラス乾板写真
他に例のない豊富な資料が残っていた宝暦の大修理後の名古屋城天守をターゲットに
名古屋城天守閣木造復元プロジェクト
名古屋城天守が完成したのは1612年、江戸時代初期のことである。当時すでにこの名古屋城天守は、大坂城・江戸城の天守と共に巨大さで他の城郭を圧倒する存在だった。その後、江戸城・大坂城は火災、落雷により天守を焼失したが、名古屋城は太平洋戦争末期に名古屋空襲で焼失するまで、日本最大の天守として君臨し続けたのである。この戦災で失われた天守が復活したのは1959年。一般市民からの寄付金も含めた資金で外観を復元。そのまま今日まで名古屋市のシンボルとして愛され続けてきた。
しかし、再建から約60年が経ち、名古屋城天守はコンクリート劣化や設備の老朽化等が進み、耐震性能も現行基準に合わなくなっていた。そのため、近年再び建替えの機運が高まり、名古屋市は復元に関する検討を開始。市長の強い意向で2020年夏東京オリンピックに合わせて木造復元の方針が示されたのである。これを受け、名古屋市では技術提案・交渉方式の公募型プロポーザルを実施。審査を経て竹中工務店案を優先交渉権者に選定したのである。
「なぜ技術提案方式の公募が行われたのかといえば、特別史跡内に大規模な木造建築物を短期間で建設しようという、難度の高いプロジェクトだったからです」。そう語るのは同プロジェクト設計担当副部長の片庭氏である。「通常、こうした案件では、数年研究を行って課題を明確化し、基本~詳細設計と進めていく中で課題を解決して設計図書を固め、その後、入札により施工者を決め……という手順で進めます。しかし、今回は設計だけでは解決できない技術的な課題が多々ありました」。そこで技術提案・交渉方式(設計交渉・施工タイプ)によりゼネコン各社の技術提案を募り、その最も優秀なものに任せよう、ということになったのである。では、プロジェクトの何がそれほど問題だったのか。
「まずはスケジュールの問題です。当初、東京オリンピックと同時に竣工させようという計画で、設計・施工分離では“できるわけない!” というほどのスケジュール感でした。その後、事業承認の手続きの都合によりスケジュールを見直しましたが、時間的な厳しさに変わりはありません。また熊本地震で熊本城の石垣の被害が発生し、石垣の安全対策等の課題も増えています」。そのためプロジェクトは、調査~基本計画~基本設計~実施設計~工事施工と進む通常の進行ではなく、研究を行いながら設計を進め、発注できる仕様が固まった段階で木材発注も進めていく、官庁工事では類を見ない流れで進められることになった。
まさに多様なレベルの作業が複雑に絡んで進んでいますね」と片庭氏を苦笑いさせる、このような進行を可能にしたのが、ARCHICAD によるBIMの活用だった。このプロジェクトは全てをトータルにBIMで一元管理する、高度なBIM運用のモデルケースでもあったのである。
多様な史実から建築情報を掘り起こす
1612年に完成した名古屋城天守は、約150年後の1755年に大規模な修理工事を行った。この時、2層から4層の屋根を銅瓦葺きに変え、石垣上に明かり取り窓を増設するなど姿を変えている。プロジェクトでも「どの時代の城の姿を復元するか?」は課題の一つだったが、いち早くこの宝暦の大修理以降、焼失する前までの姿をターゲットとすることが有識者会議の中で決定された。この「名古屋城」については、数多いわが国の城の中でも異例なほど豊富な資料が残っている。
「たとえば1755年の大修理時の工事報告書的な資料が豊富にあり、中でも藩主命令で尾張藩士が親子2代にわたり記した『金城温古録』は、城内部の様子や使い方まで書かれた希有な資料です。また大修理後の城の姿を計測し図面化した『昭和実測図』という、他に類例のない貴重な図面資料までありました」(片庭氏)。1930年に宮内省から名古屋市に下賜された名古屋城は、城として初の国宝に指定された。これを機に、当時の名古屋市は城を詳細に実測して図面を作成。合わせてガラス乾板写真も撮影したのである。この実測図は、名古屋市の担当者を含め当時のトップクラスの技術者が天守に足場を掛け、実測調査して図面化したもので、その数は天守関係だけで71枚にもなる。また、写真もガラス乾板のサイズが大きく高解像度で、大きく引き伸ばしても細部まで確認できる。
「通常の城では絵図的な資料が数点残されているのがせいぜいで、研究者の先生が実在木造天守の研究結果から類推し“このように推定できる”と判断していただいて復元していくケースがほとんどでした。しかし、豊富な資料が残る名古屋城は複数の資料から信頼性の高い情報を抽出したり、現代の知識に照らして欠落部分を類推するなどして精度の高い情報を蓄積できます。まさに史実に忠実に復元可能な、城郭復元プロジェクトに最適な城だと言えます」(片庭氏)
実際、竹中工務店のチームがまず手を付けたのも、資料に残された「史実」から復元に必要な「建築情報」を掘り起していく作業だった。木材関係なら大修理時の木材発注記録も残っていたし、写真に写っている柱の木目等の表情から、使われている木の種類を特定することも行われた。また、城の構造体についても、日本の城郭構造で重要なファクターとされる通し柱の通し方と配置について、研究者の研究結果をベースに多数の技術者による分析とチェックの積み重ねにより、特定作業が進められた。
こうして掘り起され、分析され、推測された情報の蓄積はたちまち膨大な量となり、日々変更され更新されていく。しかも、こうした史実の検証作業と並行して設計や木材の発注作業も滞りなく進めなければならない。そのためには増え続ける建築情報を、リアルタイムで明確かつ正確に捉えて一元管理する必要があった。──まさにプロジェクトの根幹となるデーターベースの構築である。そして、そのプラットフォームとなったのが、ARCHICADによるBIMモデルだった。
史実から必要な建築情報を掘り起してその全てを ARCHICAD で作るBIMモデルへ!
プロジェクトの基盤となるデーターベースを構築
膨大な情報をBIMモデルに落し込む
「とにかくARCHICADで作ったBIMモデルをデーターベースとして、史実から掘り起した情報を始め全ての建築情報をそこへ入れていこうと考えたのです。そのBIMモデル上で整合性を取りながら正しい情報を絞り込み、作り込んでいこう、というわけですね」。プロジェクトの技術担当副部長を務める林氏はそう語る。「ベースとなる3Dモデルは、主架構の柱、梁、屋根回りの部材や窓回り等々もARCHICAD で作成していきました。昭和実測図は寸法などもかなり書き込まれているので、まずそのあたりの確認や調整、また細かな部材同士の納まりなどを検証していったのです」
前述の柱の問題についても、その柱が1階から2階の様に複数の階を貫いて伸びる「通し柱」なのか、あるいは階ごとに完結する「管柱」なのか、実測図からは判定できない。そこで別の資料(宝暦大修理関係資料)から推定し、通し柱が1本1本どのように配置されているか、その立体的な構成を色分けしながら、BIMモデルで配置検討していった。実際にはこうした柱の情報を形として持たせるだけでなく、1本ごとに寸法や断面形状、材質、配置位置等々を一覧表にして管理。その他にも、部材ごとに使われている継手の種類等々に至るまで、多岐にわたる多種多様な属性をBIMモデルに付与し、随時これを色分けするなどしてチェックしていった。
「太い柱では40センチ角を超えるものもあり、しかも長い通し柱ともなると現代では非常に貴重な木材です。そんな通し柱がどこにどれくらい使われていたのか、材料手配の上でも非常に重要になるのは言うまでもありません。そこで一覧表と3Dのどちらでも見られるようにして、不整合がないようチェックしていきました」(林氏)
現場での高度なBIM運用に定評がある竹中工務店だが、そんな同社にとっても、これほどの規模の伝統木造プロジェクトでBIMモデルをここまでフル活用するのは初めてに近い。それだけにBIMモデルのチェック法ひとつとっても、独自の手法を新たに開発する必要が多々あった。
「たとえば、手書き図面である昭和実測図とBIMモデルとの照合作業では、Solibri Model Checkerを使ってみました。これは最新バージョンの新機能を応用した手法で、BIMモデルに実測図の断面図をPDF化して差し込み、Solibri上で直接重ね合わせてチェックしていきました。非常に分かりやすかったので、図面があるものについては全部で行いました。ただし、実測図の断面図は同じ箇所を切っているとは限らず、場所によってずらしながら切ってあるため、あちこち切り張りしながらチェックする必要があり、そこはなかなか大変だったようです」(林氏)
美しい曲面屋根をプログラムする
チームにとって、材料や構造の問題とは別の意味で大きなチャレンジとなったのが、屋根形状の再現である。名古屋城天守の屋根は5重で、そこへ4面合計22個もの破風があしらわれている。屋根は軒先に向い美しいラインを描いて反り上がっていく伝統木造ならではの曲面形状で、これが天守の外観を形作っていく上で非常に大きなファクターとなっている。この微妙な曲面形状を再現するために、屋根もまた3Dモデルとして精密に作りあげていく必要があった。
「BIMなどなかった昔の大工は、規矩術という伝統作図技法でこの3D曲面を表現していました。しかし、今回のような大型プロジェクトでは、メンバーに加え、発注者や市民など社外の方にも理解を深めてもらう必要があり、誰でも理解できる3Dモデルが欠かせません。この屋根モデル制作で効果的だったのが、ARCHICADと連携したRhinoceros/Glasshopperでした」(林氏)
Rhinocerosは曲面形状に強い3Dモデリングツール。グラフィカルなアルゴリズムエディターのGrasshopperと共に、Grasshopper–ARCHICAD Live ConnectionにARCHICAD と双方向に連携する。これを使えば複雑な曲面形状の3Dモデル作りも容易なことから、その活用は伝統木造以外の分野にも広がっている。さらにこの屋根モデル作りでは、多種多様な部材の複雑な配置をRhinoceros/Grasshopperによりビジュアルプログラミングで記述している。実は伝統木造における形の決り方や部材構成はシステマティックなルールに沿っており、Rhinoceros/Grasshopperのようなプログラムソフトととても相性が良いのである。とはいえ、もちろんビジュアルプログラミングを用いたのには理由がある。
「実は軒の反り方のラインは現時点ではまだ決定しておらず、この先変わっていく可能性があります。もし手作業でこれをモデリングしていたら、後で基準ラインが変わった場合、それに合わせて複雑な部材納まりを変えていくのは非常に大変な作業になったでしょう。しかし、Rhinoceros/Grasshopperで部材納まりのアルゴリズムをビジュアルプログラムに記述しておけば、軒の基準線が変更されても自動的に部材を再配置できます。今後起こるであろう変更にも柔軟に対応できる屋根モデルとなっているわけです」(林氏)
現在は、このRhinoceros/Grasshopper で作った屋根モデルとARCHICAD で作った主架構モデルをARCHICAD上で統合して扱っており、上記以外にも、このBIMモデルを生かした多様なチャレンジが日常的に行われている。たとえば屋根関係では、屋根形状を瓦まで描いた3Dモデルを用いて、最大降雨時に雨水が屋根を流れる性状を流体シミュレーションで再現。水量の集中範囲や深さなどを確認した。柱関係では、伝統木造独特の複雑な継手や仕口の3Dモデルの一部を切りだして詳細に作りこみ、3Dプリンターで出力。実物を手に取って組合せる、という試みも実施された。3Dモデルを見ているだけではなかなか理解し難い複雑な仕口の組立て方も、これなら容易に理解できると好評である。また、最近話題のVRヘッドマウントディスプレイ(VR HMD)もいち早く導入されており、VRによる原寸大で体感できる3Dモデル確認も盛んに行われるようになっている。
建築の形を作り情報を付与して管理していく一連の作業の全てに
抜群に使いやすいARCHICADはBIMプラットフォームに最適
プロジェクトはこれからが正念場
「プロジェクトは基本設計が3月末で完了し、すでに次の詳細設計の段階を迎えています。現在はBIMモデルや図面の内容を詰めている最中です」(片庭氏)。プロジェクトには今後新たな課題も想定され、取組みはまさにこれからが正念場だろう。──最後に、メンバーの皆さんに伺ったARCHICADとBIM活用についての感想を紹介する。
「メインツールにARCHICADを選んだのは、Rhinoceros/Grasshopperと緊密な連携が取れることが非常に大きかったですね。また建築物の形を作り、多様な情報を付与し管理していく上でARCHICADは抜群に使いやすく、BIMのプラットフォームとして最適ですね」 (林氏)
「設計作業を進めていて感じるのは、名古屋城の構成の多くは、2次元では到底対応できない複雑さがあるということ。たとえば、フロアを支える梁が、丸太の梁と角材の梁が交互に合計4段も重なっているのです。こうなるとあまりに複雑すぎて2Dではとても描ききれません。3Dモデルに全部入れていくことで、ようやく段と段の被さり方や重ね合わせなども把握できました。3Dの便利さと使い勝手の良さを実感させられましたね」(岡部氏)
「ご承知のとおり、今回はものすごい量の図面や写真他の資料がありましたが、実はそれらは、少し見方を変えただけで全く違う解釈が可能となる場合も少なくありません。実際、設計の進行と共に見方が変わり判断が変わってしまうケースも多く、大量の変更が発生するわけです。加えてコスト面や資材調達面でも課題は次々と出てくるので、それらの調整のための変更も避けられません。結果として、設計検証の現場では日々ものすごい数の変更が行われることになります。こうなるともうBIMによる一元管理は不可欠で、それがなかったら、おそらく状況を把握することに膨大な労力を要したでしょう」(橋本氏)
「私自身は3Dモデルには直接入力操作より、検討や説明のツールとしての活用でかかわっているため、そのビジュアルとして説得力をすごいと感じています。ただ、3Dの強力な説得力には危険な部分もあります。クライアントのみならず、社内のスケジュール管理における判断においても、ふつうは図面ができてなければ、まだまだ検討中だと思ってもらえるものですが、仮で組みあげたBIM モデルを見せてしまうと、もう明日にも建ちそうに思われてしまいます。実際にはまだまだ途中で、かなりの設計作業が残っていてもです。その意味で、モデルが相手に与える印象については、もう少し注意深くあるべきかもしれません」(山嵜氏)
「この柱はどう組んだとか、この部材はどんなディティールだとか、今回私たちが蓄積した復元に関わるノウハウや情報は、すでに相当のボリュームとなっています。そこには現代的な要素もあり、どういう箇所を付加的要素としたか等もデータとして残していけるでしょう。そのようにBIMに一元化した様々な建築情報を取り込み、後世の人に残せるというのは、従来の建築ではとても考えられなかったことです。復元意図の伝承や維持保全においても大きな可能性が広がっていると感じています」(本弓氏)
「3Dモデルを使う仕事は何度かやりましたが、そのモデルにこれほど多くの情報を詰め込んで活用するプロジェクトは、私も正直今回が初めてです。それは設計担当の皆さんもオペレート作業でサポートしてくれている方々も同じだったはずで……そんな皆で一緒に経験を積めることは、とても良かったと思っています。ここで学んだ経験や考え方は、きっと他の案件にも展開していけるでしょう。プロジェクトはまだまだ続きますが、私たちの収穫はすでにとても大きくなっていると感じています。また、一方江戸初期の棟梁はどのようにして情報伝達していたのか、タイムマシンに乗って確認に行きたくもなります」(片庭氏)
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