賃金カットか、新たな顧客開拓か
株式会社 シェルパ
代表取締役
髙松稔一 氏
「BIM導入のきっかけは、実はリーマン・ショックなのです」。髙松氏は笑顔でそう語る。当初、名古屋で創業し、2次元CADによる施工図や施工管理支援等を主体に展開していたシェルパは社員も24名に増え、着実な成長を続けていた。そこへ襲いかかったのがリーマン・ショックだった。
「建築業界へ影響が及んできたのは2009年1月頃。新年早々、予定していたプロジェクトがバタバタ停まったんです。特に主力だった製造業のお客様のプロジェクト発注が停まり、当社の仕事も激減しました。概算してみると約10人分の仕事が無くなる計算となり、さすがに焦りました」。
社員24名の会社で10人分といえば全体の4割超となる。どんな企業にとっても危険水域だろう。人員整理は考えなかったという髙松氏だが、それまで既存顧客だけで発注量を確保してきた同社に新規営業のノウハウはなく、市場開拓は困難だった。そこで同年5月、髙松氏は全社員を集めて会社の現状を説明。2つの選択肢を示し、かれらに会社の行方を委ねたのである。
「選択肢の1つ目は減った仕事を皆で分け合い、給料を減らし凌いでいく方法。2つ目は新技術を学び、新市場に挑戦して逆に給料アップを目指すという方策でした。討議の末に皆が選んだのは後者。新技術の修得と市場開拓への挑戦だったんです」。
このとき髙松氏が社員たちに示した“新しい技術”こそ、BIMソフトの選定・導入とこれによるBIMの活用だった。実は髙松氏は国土交通省が建設分野で推進していたCALS/ECにも携わり、建築分野のIT活用に豊富な経験を持っていた。そのこともあってBIMに早くから注目していたのだ。
「新しい顧客をつかむには、新しいツールや技術があった方が良いのは当然でしょう。それにどんどん単価が下がっていくなか、より安く速く作ることが重要になると予想していたので、それが可能なBIMソフトに大きな期待があったんです」。だがそこにはリスクもある。社内で誰も使ったことがないBIMソフトを、会社は一定数購入する必要があり、社員はこれをできるだけ早く修得しなければならないのだ。
「巧く活用できなかったらどうしよう、という心配はありました。しかし皆が“やる”と決めたんです」。もちろん全員一致の挑戦とはいえ、それが企業にとって確実に成果を出すべきビジネスであることに変わりはない。では、髙松氏らはBIMをどのように活用し、成果を出していったのか?
BIMを使うと作業は絶対速くなる
一般にBIMの効果といえば、設計の可視化によるコミュニケーション・理解度のアップ、図面整合性の向上、下流工程における3Dモデルの活用等が挙がるだろう。同社の取組みもこれらを基にしていたが、そこには独自の方向性があった。何よりまず、施工図製作という既存業務のスピードアップと品質向上が狙いだったのだ。
「“BIMを導入すると作業が遅くなる”、皆さんよくそうおっしゃいますが、実はBIMを使えば作業は速くなりますよ。場合によっては、当社では2次元だけによる施工図もARCHICADを使って描いてしまいます」。もちろんそれは一朝一夕に実現できたものではない。その背景には、BIMソフトの選定から始まった徹底的な研究と準備があった。
「まず、社員全員参加で4~5名からなるチームを5つ作り、“作図スピードを3倍にする”とか、それぞれBIM活用へ向けた目標を立ててもらいました」。その目的に沿ってBIMソフト4製品を、数十項目にわたり詳細に比較検証。その上でシェルパの業務に最適なBIMソフトとして改めてARCHICADが選ばれた。そして、各チームは“目標”を実現するため、それに最適なARCHICADの操作手順を研究していったのだ。研究は通常業務の合間や休日を使って行われ、期間は総計3カ月にも及んだ。
「その成果は予想以上でした。たとえば作図時間は当初1枚13.5時間もかかっていましたが、研究が進むにつれ10時間になり最後は7時間まで短縮されました。それほどARCHICADは使い勝手が良いということです……が、もちろんそのためには幾つかの工夫と準備が必要です」。
7つのBIM、そしてFMへ
シェルパ技術者が編み出したARCHICADによるBIM活用のポイントは、まずマトリックスを作り、オブジェクトに埋め込むプロパティを事前に細かく決め込んでいく点にある。これを基に有益なプロパティを仕込んだ上でオブジェクトを作っていくことで、より自由に効率よく、プロパティをコントロールできるようになるのである。
「これをしないと中身のないモデルになってしまい、期待した成果が出ません。ですから私たちはここに最も力を注いでいます。そして、これらをきちんと入れ込んだモデルでARCHICADの『一覧表機能』や『条件検索』、『色分け図』の機能を活かせば、後工程でより多彩な活用が可能になるのです」。
たとえば『一覧表機能』で数量積算が行え、『条件検索』は設計の不具合や不整合をチェックできる。さらにBIM色分け図は配置の適材適所の確認やVE提案の省力化にも繋がるのだ。いずれも前述の研究成果であるこの3点を備えた「3つのBIM」モデルを作ることで、同社が「7つのBIM」と呼ぶ後工程への多彩な展開(下図参照)が可能となる。
「よく“BIMモデルを作って”って頼まれますが、中身をどうするかを決めなければ予算さえ立てられません。だから私たちはとことん細かくヒアリングして、3つのBIMを入れ込んで作ります。これをしておくことで現場開始後7つのBIMへ展開でき、結果として施工段階になってからも呼んでもらえるんです」。
まさに現場のニーズに応える「実践BIM」により、同社はリーマン・ショックのピンチを大きなチャンスに変えたのだ。やがて同社は東京に拠点を開設しOpen BIM Cafeを開始。BIM実践企業として新たな成長期へ踏み出したのである。 その背景にはARCHICADを学び、次々アイデアを産み出した技術者たちの努力と、髙松氏の巧みな環境づくりの手腕があったことは言うまでもない。
「仕事の幅が広がったことで、お会いするお客様の層も広がりました。最近はビルオーナーや管理会社など建設業以外の方にもよくお会いします。次のステップは、BIMを活かしたファシリティマネジメントへの展開ですね。これは必ず実現させ、新しい事業の柱に育てたいと思っています」
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