シーラカンス K&H 株式会社
代表取締役
堀場 弘 氏
シーラカンス K&H 株式会社
代表取締役
工藤 和美 氏
地元産材を生かした大規模木造を提案
熊本県山鹿市は九州山地の麓に広がる緑豊かな地方都市である。六湯郷と呼ばれる6つの温泉や明治より続く芝居小屋「八千代座」など、観光客にも人気が高く、特に千人余の浴衣姿の女性が紙細工の金灯籠を頭に載せて踊る「山鹿灯籠まつり」は、県を代表する祭りの一つに数えられている。他方この地域は「杉の女王」と呼ばれる高品質な杉材「アヤ杉」の産地としても広く知られ、今回の日本建築大賞受賞作「山鹿市立山鹿小学校」もこの「アヤ杉」を全面に使用している。しかし「実は最初はRC3階建て以内で……という条件だったのです」。そう言って微笑みながら、シーラカンス K&H の工藤氏が語ってくれた。
「プロポーザルが募集され、私たちはそれに応える形でプロジェクトに参加したのですが、プロポーザルの要項では“RC構造で”――という条件で、特に木造については何も言われていなかったのです」。
工藤氏によれば、当時の発注者の感覚では、木造による大規模建築は難度が高く、特に9,000㎡近い床面積が求められる今回のプロジェクト規模では、その広さの確保の問題から木造での対応は困難という判断が伺われたのだという。ところが調べていくうちに、この地が地域でも有数の木材産地であると分かってきたのである。
「だったらこれを生かして木造で提案したい、と考えました。それも集成材でなく、丸太から切りだし製材した無垢材を使いたい、と。せっかく木材産地で行なうプロジェクトなのですから」。実は同社では数年前に九州・福岡で床面積2,700㎡に及ぶオール木造の幼稚園建築計画を成功させており、その時の思いが背景にあった。工藤氏とともにプロジェクトを主導した堀場氏は語る。
「この幼稚園のプロジェクトを通じ、木造に関するノウハウも多少蓄積できていました。そこから山鹿小のような8,000㎡を超える建築も木造でいける、と目算が立ちました。今回は、これが1番大きかったと思いますね」。そんな堀場氏の言葉に工藤氏も頷く。
「木造が良いということは、あの時の経験で分っていました。木の校舎ならではの空間的な落ち着きなど、RCとは全然違います。ただ、福岡の時は木材産地ではなかったため集成材を使わざるを得なかった。だからこそ、産地が近い今回は、ぜひ無垢材でチャレンジしたかったのです」。
こうして、あえて要項にない木造による建築計画を選んだシーラカンスK&H案は、多くのコンペティターを退けて見事受注に成功したのである。――だが、それは同社にとって、新たなチャレンジと試行錯誤の日々の始まりだったのである。
木造ならではの制限を「生かす」発想
シーラカンスK&H による山鹿小学校のプランを見てまず印象に残るのは、ゆったりした切妻の平屋が建ちならぶ家並の美しさだろう。だが、じっくり見ていくと、そのユニークな建物配置にも驚かされることになる。敷地全体を南北に大きく三分し、その一番北側のブロックには体育館や音楽ホール、図書館、家庭科教室、給食棟(既存)等の施設を配置。その南側には「学びの街道」と呼ぶ広い道路を挟んで、中央ブロックには2階建ての高学年用普通教室や「表現の舞台」と呼ぶ階段教室、管理棟などが並んでいる。さらに南側には「学びの原っぱ」と名付けた緑あふれる中庭が広がり、これを挟み込む形で平屋の低学年棟や図工・生活科室、特別支援学級などが続いている。グラウンドは建物敷地の東側に隣接している。
興味深いことに「学びの街道」は外部に広く開放され、生活道路として市民が自由に通行している。実は元の校舎の時からこうした通り抜け通路はあって、当時から地域の人々が自由に通行していたのだという。
「もともと神社へ塀もなく繋がっているような地域に開かれた学校だったので、私たちのプランにもこの開放性や地域との繋がりを活かしました。以前はクルマと通行者が入り乱れて通っていたのを整え、学びの街道に仕立てていきました……既存のものを整理し、生かしていこうというわけです」(堀場氏)。加えて、そこには木造ならではの法規制対策という側面もあった。
「木造建築は火災等への対策として建物と建物を離し、防火区画を設けなければなりません。この問題を“学びの街道”“学びの原っぱ”というアイデアで解いていったのです。いわば木材ゆえの制限を逆手に取り、これを生かして独自の学びの空間として提案に結びつけました」(工藤氏)。
工藤氏らはこの発想を町の伝統文化とも結びつけていく。きっかけは教員や住民とのやりとりから明らかになった、同市の一大イベント「山鹿灯籠まつり」に関わる課題だ。祭会場は小学校の校庭を使うが、校舎のすき間に千人余の踊り手が待機し、列を作って入場するためのスペースの確保が難しかったのである。
「だったらここを整備して、千人がきちっと並んで入場できる街道にしよう、と。それが“学びの街道”という提案に結びついたのです。」(工藤氏)。
このように、シーラカンスK&H のプラン作りは、しばしば地域の人々の声を丹念にすくい上げることから始まる。そして、幾度となくやり取りを重ね、地域の歴史や文化等も丹念に取り込みながら、練り上げていくのである。そこでは当然、スタッフや発注者、地域の人々とのコミュニケーションがカギとなる。そして、この独特なクリエーティブとコミュニケーションの核となっているのが、同社が駆使する ARCHICAD と BIMx なのである。
高品質なチーム設計の核となるツール
「シーラカンスはもともと、大きな建築模型を作ることで知られた設計事務所でした。それは私たちが、大学院時代の研究室の仲間6名によるチーム設計の事務所としてスタートしたからです」(工藤氏)。
それまでの設計者は、スタディ段階で建築模型を活用することはそれほど多くなかった。しかし、シーラカンスは設立当初から、全体のボリューム検討用のそれはもちろん部分模型も積極的に作成し、これを用いてやりとりすることで、質の高いチーム設計を実現していたのである。そんな彼らにとって、建築模型はクリエーティブの核となるコミュニケーションツールだったといえる。そのことは、施主や施工者、地域住民にとっても同様だ。というより、それは専門知識を持たない施主や地域住民にとって、図面よりもはるかに分かりやすいコミュニケーションだったろう。この建築模型の延長線上に出現したのが、ARCHICAD をはじめとする3次元CADだった。
「特に今回のように構造と意匠が密接に結びついた木造建築の場合、模型では表現しきれない箇所も多く、模型製作自体が負担になりかねません。もしも ARCHICAD のような 3DCAD がなかったら、できないとはいいませんが、非常に困難だったのは確かでしょう」(堀場氏)。
大規模な木造建築の設計には、RC等の建築に比べ時間がかかるものだ。しかし、近年の工期短縮へ向う流れの中では、大規模木造もまた長期の設計期間を確保するのは容易なことではない。
「こうした大規模木造を ARCHICAD 抜きに短期間でやろうとすれば、設計を十分詰められないまま制作せざるを得ず、いろいろな箇所が破綻し、工期が延びかねません。今回、模型との併用ながら初期段階から ARCHICAD を活用できたのは大きなポイントでした。実際、ARCHICAD で検証し BIMx でやりとりできたからこそ、期間内で収めることができたという実感がありますね」(堀場氏)。
このような ARCHICAD や BIMx の導入効果は、前述の“学びの街道”や“学びの原っぱ”といった、プランのポイントとなる提案内容に顕著に現われている。たとえば“学びの原っぱ”は、説明を聞いただけでは「中庭」が多いプラン程度にしか思えないかもしれないが、実は2つの校舎に挟まれたこの中庭空間を1つの学習空間として捉えてさまざまな工夫を施している。
「通常、こうした中庭空間は教室に面しているため出入りできず、使い難くなりがちです。そこで中庭に面した側に、出入り自由なオープンスペースを配置することで、さまざまな学習や遊びに使える学習空間に変えました。実際、現在では観察学習をはじめ、さまざまな屋外学習など狙い通りの使われ方をしています」(工藤氏)。
こうした言葉だけでは説明しにくいコンセプトも、BIMx でビジュアルに示すことにより設計意図を正確に伝えることができる。結果、利用者の意見も、より具体的なものを引き出すことができたのである。
「とにかく BIMx のデータを見ていただければアイレベルでプラン内に入っていけるわけで、これがとても重要で、発注者にも利用者にもこれは圧倒的に伝わります。特にゲーム世代の人にとってはこういうものが自然なわけで……。実際いま進行中の保育園の案件でも、保育士さんたちが画面に釘付けになっています。“ちょっと右にして!”とか、質問も要望もすごく活発です」(工藤氏)。
新考案の木造構造体「南京玉すだれ構造」
ARCHICAD や BIMx のこうした活用は、発注者に対してだけでなく、構造関連など外部の技術者や施工スタッフに対しても幅広く行なわれた。特に大規模木造ならではのさまざまな技術的チャレンジの過程で、今回 ARCHICAD が果たした役割はきわめて大きい。その代表的な1つが、本作品の大きな特徴のひとつとなった、木造によるさまざまな大空間を実現した全く新しい大規模木造構造体の創出である。
「木の産地としての木材資源を生かして、集成材でなく地元産「アヤ杉」の無垢材を使う――ということが1つのコンセプトだったたわけですが、産地とはいえ、太い長い材は高価でコストが合いません。そもそも子どもたちの頭上を太い重い材を飛ばすこと自体に抵抗がありました。そこで思いついたのが、一般住宅の柱に使われる105mm角の小径材を使うアイデアです」(工藤氏)。シーラカンスらしい前例のない大胆な発想だったが、これを実現するのは難題だった。大規模建築の構造体としては細いこの材で、学校施設の大屋根をどのように支え、普通教室で約8メートルに及ぶスパンを飛ばすのか。
絞り出したアイデアを BIMx で形にして構造家に投げて検討してもらい、また構造家側からの提案も BIMx に吸収して再度検討を重ねていく。 BIMxを媒介にした密度の濃いやりとりの積み重ねの中から、文字通り構造家との二人三脚で産み出されたのが、大規模木造用の新構造体「南京玉すだれ構造」である。
「南京玉すだれ」といっても若い人はご存知ないだろう。これは、かつて正月のTVの演芸番組等でよく放送されていた大道芸の1つ。歌い踊りながら、スダレを斜め方向に伸ばしてさまざまな形に変化させていくというものだ。この「南京玉すだれ」のように、105mm角の小径材を何本も、少しずつ角度を変えてずらしながら放射状に伸ばし、アーチ状に天井を支える構造が「南京玉すだれ構造」なのである。
大規模木造建築こそARCHICAD に最適
「南京玉すだれ構造なら、105mm角の小径材だけで架橋を組んで、普通教室のスパン8mも問題なく飛ばすことができます。体育館の大空間ではさすがに240mm角を使いましたが、構造はやはりこの南京玉すだれ構造を採用しています」(堀場氏)。
この南京玉すだれ構造の特徴は、単に、手に入れやすい普及材でスパン8mを飛ばせる強固な構造体という点だけではない。それは何よりまず、「木」そのものの持つ美しさを十全に引き出す構造なのである。RCの建物を箱状にすればただの箱にしかならないが、線材で構成していくと、しばしば「本当に美しいもの」ができあがる。南京玉すだれは、そうした線材の美しさを確実に引き出す技術でもある。
「少しずつ角度を変えた線材が無数に連なる“南京玉すだれ構造”は、ご覧いただけばお分かりの通り非常に美しく、実際、皆さんからも高く評価されました。ただ、これをスタディし検討していくのは本当に大変で……言葉ではこの複雑な構造は到底伝わらないし模型でも作りきれなくて、そのぶんARCHICAD に頼る部分が非常に大きかったと思います。裏返せばこんな風に複雑で同じものが連続する木造こそ、ARCHICAD のような3Dにうってつけの題材だと思いましたね」(工藤氏)。
山鹿小学校のプロジェクトにおいて、南京玉すだれ構造の梁は、普通教室用から体育館用までさまざま用途、空間サイズその他に合わせて総計9種類にも及ぶパターンが考案されていった。その検討も前述の通り容易なことではなかったが、もうひとつ問題となったのが、実際の加工と施工である。前例のない構造だったため、これを作る大工には南京玉すだれ構造というものをきちんと理解し、その技量を十分に発揮してもらわなければならない。そこで実際の現場が始まる前に地元建設会社7〜8社の代表に集まってもらい、一緒にこの新構造の梁のモックアップを試作し、梁を上げてみてもらったのである。もちろんどの大工にとっても初めての経験だ。しかも、ある意味常識外れの工法だっただけに、当初は不安を隠せない人も少なくなかった。
作り手が誇りに感じられるものを
「最初は本当に“これ、無理じゃない?”って空気が流れましたね。“いったい何を作る気なんだ?”みたいな。でも、実際に作ってみると、これが意外とスムーズにできてしまう。もちろん簡単に、とはいきませんが、1個モジュールが決まればあとは同じことを繰り返すだけですから」(工藤氏)。もちろんこの時の説明でもその後の施工でも、大工たちとのコミュニケーション作りに、模型とともに BIMx が活躍したのはいうまでもない。実際、作業が順調に進み始めると、明らかに大工たちの目の色が変わってきたのだという。
「この構造の場合、完成したからといって屋根裏に隠れてしまうのではなく、常に見えているものですから、大工さんにとっても、自分が作った“美しいもの”がずっと残るわけですね。それは彼らにとってすごく意味があることで。実際に徐々にでき上がってくると、それが実感されてどんどん現場の雰囲気がよくなって行きました」(堀場氏)。ただ単に、地元材を使って作るというだけでない、重要な意義がそこにある――と堀場氏は言う。
「作り手自身が作りたくなり、作りあげたとき誇りに感じられるもの。そういう設計をしていくことも、私たちの重要な使命なのではないでしょうか。今回はそのことを強く実感しました」(堀場氏)。
このようにして、地元の木材を用い、地元の加工業者や建設会社の協力をフルに活かしながら作りあげた「山鹿市立山鹿小学校」は、発注者である山鹿市はもちろん、直接の利用者である教職員や児童たち、そして地域の住民からも大きな好評を得た。工藤氏、堀場氏の狙い通り、いまや「学びの原っぱ」では子どもたちが活発にオープンスペースと行き来しながら学び、かつ遊び、つねに歓声が絶えないし、お盆の夜ともなれば、「学びの街道」を頭に灯籠を戴いた千人の踊り手たちがしずしずと歩む、幻想的な光景で町の人々の嘆声を誘っている。山鹿市立山鹿小学校は、すでにこの町になくてはならない、美しい景色と生活の一部となっているのである。
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