中込 尊氏
(設計室 主幹)
清水 岳氏
(設計室 主幹)
代田一郎氏
(代表取締役社長)
田中綾子氏
(設計室 主任)
2D CADの限界とBIMの時代
「当社では、長年にわたり2D CADを用いて設計業務にあたってきました。ただ、このCADも作図用途で使う上では問題ありませんが、それ以上の発展性となるとちょっと物足りない。そう感じることが増え、それが私たちのBIM導入への出発点となりました」。そう語るのは馬場設計を率いる代田社長である。同氏によれば、BIMを“将来取り組むべき重要課題”として意識し始めたのは2016年頃からだったと言う。「BIMの時代が来る──ということは肌で感じられましたし、同業との競争も厳しさを増していました。前述の通り2D CADに限界を感じていたこともあって、思いきって “やってやろう!” と思ったのです」。
とはいえ、このチャレンジは自社の設計スタイルそのものにダイレクトに関わり、少なからぬコストもかかる。それだけに、BIMツールの選定にあたって情報収集に力を入れたと代田氏は言う。「当時、地域の同業のBIMへの意識は高いとは言えず、一部を除きほとんどの会社はこのトレンドを理解していませんでした。そのため大手ゼネコンや組織設計事務所、CADベンダー等による東京発信の情報を集め始めました」。そして、同社は代表的な3種のBIMソフトをピックアップし、価格とインターフェースを中心に比較・検討。さらに設計室主要メンバーにグラフィソフトのデモを見てもらい、実際に触れさせた上で意見を集めた上で、最終的にArchicadを選定したのである。
「むろん公平な視点で比較しましたが、実は私はもともとMacユーザーでArchicadも使ったことがあり……本当に個人的な感覚ですが……設計者が感覚的に操作するのならArchicadだろう、と思っていたのです」。代田社長がそう言うと、設計室主幹の中込氏も大きく頷いた。「自分にとっては初めて触れる本格的な3次元CADでしたが、アイコンの分かりやすさやインターフェースなど、それまで使っていた2D CADとも大きな差はなく、これは直感的に動かせるソフトだな。と感じましたね」(中込氏)。
このようにして2018年、Archicadを選び、導入した同社だが、だからといって3次元設計が即座に受け入れられ、BIM体制へと切り替えられたわけではない。それはむしろ、同社のBIMチャレンジの始まりだったのである。
感覚的に使えるArchicadを選定&導入
「明日からいきなり、全面的にBIM設計へ切り替えなんてできませんし、強制するつもりもありませんでした。設計者は良いと納得しなければ使ってくれませんからね」(代田氏)。もちろん、いずれBIM化率を高めていかなければならないから、設計者が自ら積極的に取り組んでくれるような、BIM体制へのソフトランディングを目指したのだと同氏は言う。「高すぎる目標を掲げて、あれもこれもBIMにチャレンジして結果的に納期を遅らせてしまうわけにはいきません。とりあえずはBIMに向いた新規案件を選んで、できる所までBIMで進めていこう。そう考えました」。
代田氏が言う「やりやすい案件」とは、新築物件で、しかも入力するボリュームがそれほど多くないような案件を指していた。それ以外の、すでに進行中の案件や改修案件は、これまで通り、使い慣れた2D CADでやりきってしまおうというのである。「特に導入初期段階では、BIMの活用もできる範囲でできる所までやり、次の案件でもう少し先まで進む。そんな積み重ねで少しずつステップアップしていき、最終的にゴールまで辿りつければ良いと思っていたのです」(代田氏)。そうして始まったBIMチャレンジ初年度の2018年、馬場設計は総計16件の新規案件を受注し、うち2件でArchicadによるBIM設計を実施した。
「新築の小学校と保育園が各1件ずつでしたね」と中込氏は当時を回想する。「この時のチャレンジではBIMによる図面生成が目標で、実際、展開図や建具表くらいまでBIMモデルから生成し、仕上げました。部分詳細図については、2D CADで描いたものをリンクしました。ビジュアライゼーションに関しては、設計段階の打ち合わせで3Dモデルを回して見せるなどしましたが、それ以上の活用はしていません」(中込氏)。まさに小さな一歩からのスタートだったが、翌年、同社の挑戦は長足の進歩を遂げることになる。
わずか2年で
新築案件のほぼ全てをBIM化
「たった2件のBIM運用でしたが、私たちにとって、この初年度のチャレンジが大きなポイントだったと思います。前述した通り、実際に設計者自身が使ってみてその良さを体験したことで、社内の設計者たちのArchicadに対する関心が一挙に高まったのです」。そう語る代田氏の言葉通り「もっとこんな案件でも使ってみたい」「あのプロジェクトでも使いたい」という設計者たちの強い思いに後押しされる形で、翌2019年、馬場設計のBIM案件数は一気に拡大していった。具体的な数字で言うと、2019年度の総契約本数は22件だったが、うち8件がBIM案件として進められた。さらに2020年度も現時点(取材時点:2020年12月21 日)で契約件数23件中7件が、BIM案件として進行中である。
「この他にも、本契約まで至らなかったプロポーザル等でもたびたびBIMを使用しています。その数は2020年だけで6件に達しています」と中込氏は言葉を続ける。つまり、単純にBIM活用件数をカウントしていくと、その数は初年度の2件から3年目の2020年ですでに13件と、約6倍強に急増しているのである。「契約した案件に関しても、その中にはたとえば空調の改修工事など部分改修だけの案件も含まれます。そうした案件はそもそもBIMを使うまでもない場合がほとんどですから、それらを除いて新築工事だけに限れば、実質ほぼ全てのプロジェクトをBIM化できていると言って良いでしょう」(中込氏)。さらに改修工事についても、BIMを使える工事では極力使うようにしていると同氏は語る。つまり、Archicad導入から丸2年で、BIMが全く必要ない案件を除き、新築改修を問わず全案件でBIMを活用するようになったのである。
Archicad導入後3年でBIM現場数は6倍に
現在では、新築/改修を問わず
BIMの活用可能な全プロジェクトをBIM化
「最近では、私もいったんArchicadで3Dモデルをモデリングしてしまうと “そのモデルを使わない手は無いな!” と思うようになっています。そこから2D CADに戻して展開図を進めるなんて、逆に面倒だと感じてしまうんですね。もちろん詳細図等については、相変わらず2D CADで進めることも多いのですが……」。そう言って中込氏は苦笑いする。まさに、ArchicadによるBIM設計を主体に2D CADもスポットで併用する──というスタイルが、同社における基本的な設計手法となっているのである。わずか2年ほどのチャレンジとしては、驚くべき進度と言えるだろう。この変化を可能にした原動力は、前述した通り設計者たちの意欲の高まりだが、それを支えた会社側のな支援も見逃せない。
ノウハウや情報を設計者全員で共有
「各設計者のArchicad活用スキルについては、まだまだ人により差がありますし、各案件の内容によってモデルの “詳細度をどれくらい上げていくか?” の判断も異なってくるでしょう。だからどこまでBIMで進めるかは、各プロジェクトの担当設計者に判断を任せています」(代田氏)。無論、図面に関するフォーマットや作図の流れ等は独自のそれを確立し、実務に応用している。だが、BIMについてはまだそこまで明確なルール化は行っていない。それだけに設計者が自身のジャッジを適確に行うことがきわめて重要だ。そこで同社では、BIMやArchicadに関わる最新情報やノウハウを設計者全員で共有することを重視している。
「毎週月曜朝に開催していた“BIM会”なども、情報共有のために始めた取り組みの一つです」と語るのは、設計室主任の田中綾子氏である。田中氏は東京で勤務していた前職でいち早くBIMを体験し、さまざまなBIMソフトにも触れた経験を持つ同社のBIMエキスパートの1人である。田中氏は言葉を続ける。「現場のBIM普及でチャレンジを始めた2018年の冬ごろから、週1回設計者が集まって話しあうようになりました。最近は忙しさに追われてあまりできていませんが、非常に有効でした」。たとえば「Archicadのバージョンアップでこんなことができるようになった」とか「こんなテンプレートを作ってみた」、「以前できなかった建具が作れた」等々、雑談ベースでBIMとArchicadに関わる情報共有を図っていったのだと言う。
3Dモデルを使った打ち合わせの積み重ねで
施主はいち早く建物の正確なイメージを把握
認識のズレによる事後のクレームも無くなる
また、各設計者が担当案件で個々に制作した建具等のデジタルパーツも、こうした機会を通じて広く共有されるようになっている。「たとえば新たに体育館の新築プロジェクトを担当することになったら、以前、同様の建物をBIMで設計していた同僚の所へ行って話を聞き、パーツをもらってきたりするわけです。現状ではまだ、そういったパーツを保存し共有する場所が決められているわけではありませんが、こうした交流と共有は活発に行われるようになっています」(田中氏)。──では、こうした取り組みの中で、設計者たちは実際にどのようにBIMプロジェクトを動かし、どんな成果を得ているのだろうか。
お客様の理解度を向上させ、
その満足感を高めるために
「BIMプロジェクトを進めていて一番感じるのは、やはりお客様の理解度の向上ですね。これはもう、2Dでやっていた頃とは段違いです」。中込氏が最初に担当したBIMプロジェクトは、RC造の小学校だったと言う。そして、2件目が鉄骨造の保育園。さらに3つ目は木造の保育園で、つまり3種類の構造のBIM設計をひと通り体験してきたわけだが、その構造の違いに関わらず、一番の驚きはお客様の反応の違いだった。
「最初に担当した小学校は自治体の発注だったので、先方の担当者もある程度は技術的な知識を持っておられました。しかし、次の保育園の新築プロジェクトは、当社では数少ない民間のお客様で、プレゼンテーションや打ち合わせの相手も保育士さんやオーナーさんだったのです」。つまり、この保育園プロジェクトにおいて、中込氏は建築の知識をほとんど持たない方たちと頻繁にやりとりすることになったのである。設計者なら誰でも経験があると思うが、従来式の2D図面中心のやりとりで進めていくと、幾度も確認を取りながら進めていても、竣工後「イメージと違った……」という施主の嘆きを聞かされることがある。
「多くはありませんが、私も“こんなに天井が高かった?” とか“廊下の幅ってこんなに広い?”とか、逆に“思っていたより狭かった”とか、聞かされた経験があります。ところが、ArchicadでBIM設計を行った木造保育園の場合は、お客様は建築の専門家ではありませんが、“思っていたのと違う”といったたぐいの言葉が少なかったんです」(中込氏)。その理由はすぐに判った、と中込氏は言う。Archicadの3Dモデルによる打ち合わせを重ねることで、お客様は現場が始まるずっと前から建物の正確なイメージを把握し、その内容に納得していたのだ。
「実際、工事が始まって外装が仕上がった際に、“ああ、思っていた通りに出来ていますね!”という喜びの言葉をいただいたほどで、お客様の満足感はとても高かったと思います」。実はこの3Dモデルならではの「イメージのしやすさ」は、それを設計した設計者自身にとっても大きなメリットがあった。「設計者だからといって、どんな設計も即座に精確にイメージできるとは限りません。もちろん一般的な床・壁・天井の部屋ならすぐイメージできますが、たとえば一層ぶん吹き抜けがあったりすると、イメージにズレが生じることも無いとは言えません。実際、3Dモデルで見てみて、自分の想定よりずっと天井が高く感じて驚くことだってあるわけです」(中込氏)。その点、最初からArchicadでBIM設計に取り組んでいけば、設計段階からきっちり把握し検討して、問題の芽は先に潰しておける。安心してスムーズに進められるのである。
「また、3Dモデルがあれば、お客様も容易にさまざまなパターンを検討できるのも大きなメリットですね」と言うのは田中氏だ。外壁色のパターンや天井の高さなど、その場でスピーディに切り替えながら存分に検討して選ぶことができる。だからお客様も納得するし満足感も大きくなるのである。「また、場合によってはシミュレーションを使うこともあり、これも非常に効果的ですね。木造の保育園プロジェクトの時は、データをSketchUpに落として日影シミュレーションを行い、“庇をここまで出しましょう”などと提案しました。将来の問題を事前に把握できるので、お客様の安心感はさらに大きくなります」。もちろん入力やモデル作りなど、2DCAD時代にはなかった負担もあるはずだが、田中氏は「全く問題ない」と言う。「Archicadは他のどのBIMソフトより使いやすいですからね、どんな作業もあまり苦になりませんね」(田中氏)。
Archicadの多彩な機能を活かしきるために
「私の場合、最初のBIMは鉄骨造の体育館からスタートしました」と続いて語ってくれたのは、中込氏と同じく設計室で主幹を務める清水氏だった。この鉄骨造の体育館に続いて清水氏が取り組んだのは、RC造の中学校校舎。それも新築プロジェクトではなく、長寿命化改修プロジェクトだったと言う。「先ほど説明がありました通り、当時の当社ではBIMを用いた改修案件の事例は少なく、特に大型の建物を最初から最後までBIMで進めたのはこれが初めてでした。Archicadのリノベーションフィルタ機能を使うことにしたのですが、当初これをどのように進めるべきなのか、とても悩んだことを覚えています」。
リノベーションフィルタとは、改築案件のプロジェクトにおいて「新築要素」のみを表示させるなど、切り替えていくことで各工事段階を示すことができる機能。社内にはこの機能の経験者がいなかったため、清水氏は一つ一つ確かめながら手探り状態で進めていったと言う。「使っていく中で徐々に機能の特性が分かって “これは使える!” と確信。いまはさらに様々な活用法を試しています」。
たとえば、リノベーションフィルタについては、改修前/後を図面表現として分かりやすく出力する入力方法を研究中であり、他に集計表機能を用いて概算数量を出すことにも挑戦中だ。部内ではBIMの普及と共にこうした技術的なチャレンジも活発化しており、たとえば田中氏も、もう一つの新技術であるVRによるプレゼンテーションを準備中だと言う。
「ある学校の新築プロジェクトで、プロポーザル時に流したムービーを気に入っていただき、発注者から、新しい校舎と設計者の仕事内容を中学生に見せたいと依頼があり、VRを使ってみようという話になったのです」。VRで体感する「設計者の仕事」に、中学生たちはどんなリアクションを返してくれるのか「いまからすごく楽しみです」と話す田中氏にも、BIMがもたらしたメリットについて聞くと「Archicadを導入して、働き方が大きく変わりました」と答えてくれた。「私は家へ帰れば “ママ”なんですが、ママって全然時間がないんですよね。担当案件のスケジュールが厳しくても徹夜はできないし……でも、ArchicadでBIMを行うことで効率化を図り、ママでも設計者として思いきり働けるようになりました。子どもがいきなり熱を出しても、家からアクセスして容易に作業できる……本当に出会えて良かった、と思えるソフトです。上手くカスタマイズしてさらに使いこなしたいですね」(田中氏)。
最後に、代田氏にBIMに関する今後の取り組みについて聞いてみた。
維持管理フェイズで
BIMデータをどう活用するか
「設計フェイズでのBIMの活用により、私たちは密度の高いコミュニケーションを実現できました。次は施工フェイズで、BIMデータをゼネコン等に渡し活用してもらうことになります。この辺りまでは道筋が既に見えていますが、問題はその先です」と代田氏は言葉を続ける。それは「FM」と呼ばれる維持管理フェイズにおけるBIMの展開である。
「私たちが設計した建物は、時に数十年に渡り使われます。そして、業界ではいま、その長い年月のなかBIMデータをどう活用するかが問題となっています。設計者である私たちにとっては、BIMデータを、どうやってその維持管理フェイズで使われるようにしていくかが課題になるでしょう。現状、私たちが作るBIMデータは完工時に静的なデータとして完成しますが、建物が運用される中でその中身は動的に変化していくわけで……。この変化をBIMで上手く捉えてヒモ付けていくことが、私たちの次の課題となります。まだまだ模索段階ですが、Archicad を核とする多様なツールの進化にも期待しながら取り組んでいきます」。
Archicadの詳細情報はカタログをご覧ください
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